2009年2月24日 (火)
近所へ用足しに、ちょっと電動車いすでヘルパーさんと外へ出た。
空は曇っていて、風はかすかだが、ほおのあたりが心もち刺される感覚がある。まだ空気が冷たいのだ。
涙と鼻水がとめどなく出てくるのは、その冷たさに敏感なせいもある。
「それと、いまの時期に飛んでいる、なにかの花粉にも、反応しているのかもしれませんね」
かかりつけのお医者さんがそう言って出してくれた抗アレルギーの薬を飲んで、家の中では症状が抑えられている。
人として生きるのだって、おんなじだ。この社会の中も、いろんな考えや価値観が飛び交っている。だれに対しても、いつも敏感でいるより、半分は鈍感でいたほうが、お互いかえってに平和に過ごせる、ということだってある。
ぼくの体の中では、そのへんのことがわかっていない部分があるらしく、外の冷たい空気に触れると、とたんに反応して涙と鼻が出てしまう。
少しぐらいなら、ハンカチを手首にしばりつけてもらえば、自分の力でどうにかぬぐえる。こうずっと流れ出して止まらないのでは、それをぬぐってくれる介助者がいなければ、ちょっとたいへんだ。
まだひとりで散歩するのはムリか……。きょうの外出では、そう感じた。けれど、
「わたし、朝早い利用者さんのところにも行ってて、車でむかうんだけど、いままでまだ暗かった空が少し明るんでて、なんだかそれだけでうれしくなっちゃう」
ある女性の訪問ヘルパーさんも、明るい表情で言っていた。
「そういえば、少し日が長くなってきた気がしますね……」
そしてぼくはつぶやいた。もうすぐ春なんだなぁ。
また電動車いすに乗って、アパートの近所をひとりでぶらぶらしたくなってきた。介助者についてもらって歩くより、そのほうが、自分のペースでいられるし、いろんな人と交流ができたりする。
十分も行けば、ザ・モール仙台長町店がある。お決まりの散歩コースだ。エレベーターに乗るときも、通りがかりの人が、
「ボタン、押しましょうか?」
と声をかけてくれる。脳性まひの症状で、ぼくの手足がドッタンバッタンしていても、全身に力がはいって、顔の表情がゆがんでいても、言葉がはっきりしなくても、
「どうも、ありがとうございます、お願いします」
それがどうにか伝わると、その人は笑顔になる。別れぎわに「がんばってね」と言ってくれたりする。
気をつけていても、歩道が狭かったりすると、人とぶつかりそうになることも、たまにはある。けれど、それがきっかけで、その人と世間話をしながら少しの時間を過ごすこともある。
帰り道では、小学四年ぐらいの帽子をかぶった自転車の女の子が、こんにちはとあたまを下げていく。学校帰りなのかなぁ。電動車いすを操作しながら、ぼくはひとりつぶやく。
学校帰りといえば、だいぶ前に、ある別な場所で、K君という小学校三年生の男の子に会ったときもおもしろかった。その子はその町のことや、インディアン、という種族の話までしてくれた。
両手の指で四角い枠を作り、そのままぼくの目の前にもってきた。
「こうしてのぞくと、遠くの景色がよく見えるんだよ。これはね、むかし、インディアンって種族がいてね、よくこうしてたんだよ」
「そう、なんだ……」
たぶん学校の授業とかで習ったことを、そのままぼくに教えてくれたのかもしれない。ぼくも何だか楽しくなって、こんどはこちらから、その子に質問してみた。
「K君は、一日のうちで、いちばん楽しい時間ってある?」
うつむき加減で、両手の人差し指を、くっつけたり、離したりしながら、
「ゲームしてるときが、いちばん楽しい……」
「あ、ゲーム、楽しいよね」
とぼくは言ったが、じつはほとんどしたことがなく、その子の話す内容も、ゲーム用語が出ると、ぼくにはよくわからなかった。けれど、その子の笑顔にふれると、なんだか穏やかな気持ちになってくる。
「でもね、ゲームをやってると、勉強しなさいって、お母さんが怒るんだよ。だから、あんまり長くはできないんだぁ……」
とも言っていた。脳性まひの症状で、手足が変でも、顔の表情がゆがんで、言葉がはっきりしなくても、あたりまえのように向き合って、ちゃんと話をしてくれた。それが、うれしかった。
大人の中にも、子どもの中にも、どんな町にだって、いい人たちは必ずいる。
そんな人たちの、あたたかい視線や支えがあるから、ぼくは地域のなかで、暮らしていけるのだ。
そういえば、
「あたしも小さいとき、冷たい空気に触れると、鼻水ばっかり流していたけど、いつのまにか出なくなりましたよ」
きょうの夕飯の介助をしながら、ぼくより八つ年下だという女性のヘルパーさんも言っていた。
ぼくの涙や鼻水も、もっと鈍感にならないものか。
いろんな人とのふれあいを求めて、電動車いすで街のなかを、早く、ひとりでぶらぶらしたくなってきた。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
2009年2月14日 (土)
ぼくには脳性まひという障害があり、ホームヘルパーサービスを利用しながら一般地域でアパートを借りて、ひとり暮らしをしている。
その現状と問題点を、学生さんたちに話してほしい。
S協会でボランティアの指導をしているYさんにそう声をかけていただき、先日、その場へ出かけた。
彼は学生のころ、S協会のボランティアとして、ぼくの外出の世話をしてくれていたのだ。
そして、その場へ着いた。
学生さんのほうから聞きたいことがあったら、その話をしようか、と思っていると、彼からアドバイスがあった。
「最初に尾崎さんのほうで、生い立ちからザッと、これまでの歴史みたいなのをしゃべってもらえると、学生たちも考えがまとまってくると思うんで……」
ぼくは、
「わかりました」
学生さんたちの目線をみて、まず気になるのはぼくの体の状態だろうと思い、そこからはじめた。
「ぼくは脳性まひって障害なんだけど、学校で、習いましたよね」
「はい」
「これは、生まれたときからで──」
気がつくと家族と離れ、五歳のときから施設で暮らすようになる。自分のことばが伝わらないことが多く、不安な日々を過ごす。その説明として、あとに移った施設でも働く職員の精神状態と、その矛先が、どうしても障害の重い利用者に向いてくる現場の問題があったことを話す。
そして、ぼくが勉強し、少しでも文を書けるようになろうと思うようになったわけも、正直に話した。
よくその勉強のために本を読んでいると、気がむいて「すきなの?」と聞いたりする人もたまにはいた。
自分としては、ほっといてほしいところだが、そんなわけにはいかない状況もある。そう聞かれてわけを話したところで、わからない人にはわからない。
同じ場所にいても、問題がみえる人と、みえない人がいるのだ。
そして施設を出て、アパートでの暮らしを選んだわけも、正直に話した。
卒業間近という女の学生さんが、
「あたし、だれにも会いたくないって日がよくあって、あたしだったらそうしようと思えばできるけど、尾崎さんみたいに体に障害があると、そんなわけにもいかないですよね。う~ん、それってすごい、たいへんなんじゃないかって思っちゃうんですよ……」
体に重い障害があれば、何をするにしても、だれかの手は必要になり、人と人とのいろいろが、そこにまで生まれてくる。健常の人にとっては、だれにも気兼ねなく、ひとりで自由にしている生活シーンだ。それで疲れたりしないか、とこの学生さんは心配してくれている。
たしかにそういう悩みがないといったらうそになる。だからといって自分でがんばろうとすれば、二次障害がひどくなってしまうし、その前に、最低限の文化的な生活もできなくなってしまう。いまやっているようなブログだって、かいてはいられなくなる。
だからぼくは、こう考える。
健常の人が仕事先で人間関係に悩むのと同じように、介助を受けるということも、ひとつの与えられた仕事、そう考えてやっていくしかないんじゃないか。
いっしょにいるときのようすや距離の取り方も、介助の人によってぜんぜんちがったとしても、許容範囲であれば、半分は目をつぶる。そんなふうにしているのも、ぼくにとってはひとつの社会訓練だと思ったりもするのだ。
ヘルパー手足論などという考え方がある話も、よく障害者特集番組で聞いたりする。ヘルパーさんは、よけいなことは口出しもせず、利用者の指示どおりに動く。それが理想だともいう。NHKの番組でも、だれかが話していたが、どうもぼくにはピンと来ないし、利用者本人がかえってたいへんになるんじゃないのかなぁと思ったりする。
ヘルパーさんにしても、よっぽどの訓練をつむかしなければ、いくらプロだと言っても、そんなふうに割り切って手足になれるものではないだろう。
サービスを提供する側と利用する側で、ニーズがぴったり合えばいいのだが、介護職はどこも人手不足で、そんなよゆうはない。お金だって、介護の現場にはあんまり回ってこないからである。
ぼくはにっこりしながら学生さんたちをみて、
「けれども、施設を出てからはね、介助の人も、みんな誇りをもって仕事をしている感じで、人間的なあたたかさがあります。介助を受けながらもホッとしながら過ごせることが多くなりましたよ、はい…」
すると学生さんが目を大きくした。
「尾崎さんの話、これからの人生の勉強になります」
ぼくは目をぱちぱちした。こんな話でも、だれかが生きていくうえで役に立つことがあるなら、ぼくにとっても励みになる。
これまで生きてきた中での、そのときそのときのありさまを、正直に話すことで、少し心の整理がついた。
ぼくの話を聞いて、立場のちがう人が気になるということも聞けて、いくつかの発見もあった。
同じ時間を、みんないっしょに生きている仲間なのだ。
この社会をよくしていくために、何ができるのか。
ぼくも障害者と健常者、という図にとらわれず、広い視野に立って、考えてみたいと思った。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
2009年2月10日 (火)
ぼくはときどき、町のなかを電動車いすでぶらぶらし、ほしいものがあると、店員さんに品物とお金を取ってもらって買い物をする。
何年もやっていて、もう慣れたが、それでも自分のことばが正しく伝わらなくて、あせってしまう状況がある。
もうだいぶ前になるが、あるお店に入った。
少し世の中の時事問題を勉強しようと思い、「文藝春秋」という雑誌を買おうとしていた。
店員さんのほうへ、電動車いすを操作しながら進んでいく。
あのう、すみません、と声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
長い髪を茶に染め、顔は幼かった。高校生ぐらいの女の子といったふうだが、それとも、若くみえるだけかもしれない。
ぼくはうなずいて、
「文藝春秋が、ほしいんです」
そう伝えた。
すると、こちらです、と案内してくれた。
いつものように、ぼうっとしながら、ついていく。
するとその案内の子が、にっこりしながら指さした。
「どれが、いいでしょう」
バックナンバーも、あるのかな。ぼくは、なるべくゆっくり話そうとつとめる。
「いちばん、新しいの、ください」
そして、指さしたほうをみた。
とたんにぼくの手足が、ドッタンバッタン動き出す。
気持ちが動揺してしまい、しゃべろうとするが、舌が回らず、くちびるのかたちもつくれない。
自分の意思にかかわらず、からだじゅう、つよい力がはいる。
苦しくて、身もだえしたくなるし、鼻息もあらくなってくる。
これは、脳性まひによる不随運動という症状で、ちょっとした刺激でも、体が強く反応して出ることがある。
「あのう、ち、ち、ちがうんです」
ことばが出てきて、ホッとしたのもつかの間、茶髪の子はにっこりしながら、
「それじゃあ、これなんか、どうでしょう」
次々と、ぼくの前へ出してくる。
それは、なんと、アダルトビデオとかいうもので、そこは、その専門コーナだったのだ。
──なんで、なんだ~。
心のうちでぼくは叫んだ。
そこにいっしょにいるのが男の店員さんなら、手足がドタバタしても、鼻息があらくなっても、少しは落ちついたかもしれない。
よりによって、まちがってそこへ案内したのが、きれいな感じの女の子だった。そしてその店の女の子は、なんとなくいい子そうだった。それだけに、
─ぼくが、そんなふうに、みえるのか~。
そのショックから立ち直るまで、三日もかかった。
| 固定リンク
|
| トラックバック (0)
|
2009年2月 3日 (火)
申告の手続きをしてください、という役所からの書類が、アパートに届いていたのがいくつかあった。
部屋でひとり座って前かがみになりながら、下に広げたその書類をなんども読み返す。
ことばが曖昧で、説明も中途半端ではないか、これじゃよくわからないなぁ、それともぼくがバカなのか、と首をかしげる。
どこへ、なにをどう、記入すればいいのか、それがわからなければヘルパーさんにも指示のしようがない。なんとか理解しなければ…。
ぼくひとりではお手上げなので、訪問中のヘルパーさんにもみてもらう。
「ん? これは……」
首をかしげていたが、
「役所で聞きながら、書いてもらったらどうでしょう」
ぼくも、そうだ、その手があったんだ。そうしよう、と思った。
文を解読するのに必死になり、気をとられていた。
それでしばらく放っておいて、ほかに目を移し、できることを先にやる。
そうしていれば目の前の別なしごともはかどり、気持ちによゆうが生まれ、視野が広くなり、そのようなことぐらいは、すぐに気づくようになる。
役所へ用事があったのはきのうだった。雪が残る道を電動車いすでヘルパーさんについてもらって行った。ついでにその窓口に寄る。
係のひとに説明を聞きながら、ぼくはヘルパーさんに代筆で記入内容を指示する。するとすらすら進んで、あっという間に済んだ。
なぁんだ、簡単じゃん。なんどか読んでもわからなかったら、はじめから、こうすればよかったんだ…。なんでもっと早く、気づかなかったんだろう。
あたりまえに日々を過ごしている中でも、あることを気にしはじめるとすごく悩み、ほかのことに目がいかなくなってくる、ということは、よくあることだろう。
なんとかしたいと思っても、すぐにはどうにもならないことだってたくさんある。いまできない状況でそれを気にばかりしていては、同じところをなんども回るだけで前には進まない。エネルギーと時間をロスしてしまうだけだ。
ニュース番組で天気予報が流れている。
お空だって、晴れの日もあれば、雨の日もある。それをコントロールすることはできないのだ。
やるべきしごとがたくさんなときも、なにがあっても、そのときそのときで対応していくしかない。それが人の営みなんだ。
だからどんなときも、気持ちだけはゆったり構えて、日々を過ごしていきたい。
| 固定リンク
|
| トラックバック (1)
|
最近のコメント