教室の窓からは、空の青と森の緑、そして建物の屋根がぽつりぽつりみえた。
黒板の下に、低い台がある。車いすに乗ったままの姿勢だと、脳性まひの症状が強くなり、声が出にくいので、ぼくがそこに正座して少しでも楽に話せるように、学生さんがマットを敷いてくれた。そこへすわらせてもらい、授業がはじまるまで、ちょっとのあいだ、窓の風景に見入っていたのだった。
「また、授業の手伝い、お願いしてもいいかな」
十代のころからお世話になり、何かと相談にのってもらっているS協会のSさんからの依頼で六月二十三日、東北文化学園大学の教室で、社会福祉の授業に、一員として加わっていた。
ぼくの体には、脳性まひ、という運動神経の障害がある。動かそうとは思わないのに、手足がひとりでに動いたり、力が入って顔の表情がゆがんだりする。そのへんのところは、Sさんが教えてくれていたようだ。ちなみにS協会とは、体の不自由な子どもへの支援を中心とする団体だ。
迎えのSさんの運転するワゴン車のなかで、ぼくのそばに座っていた女の学生さんが、少しかしこまって、緊張しているみたいだった。
障害のある人のなかにも、上下関係や言葉づかいを気にする人がいるのも、健康な人と同じだ。場所や状況によっても、変わるだろう。ぼくの場合は話すとき、こちらの体の状態をみてペースを合わせてくれさえすれば、言葉づかいなんて、別にこだわらない。
学生さんを見てにっこりしながら、
「どうぞお気づかいなく、気楽にしてていいですよ」
と言うと、
「はい、ありがとうございます」
と言って、少し肩の力をぬいていたようだ。車窓からみえたものや、いろんなできごとをみんなで話していた。
「尾崎さんのブログ、みました!」
急に言われて、びっくりした。
「えっ、もう見ちゃったんですか? ヘンな記事ばっかりで、はずかしいです。できればきょう終わってから、みてもらいたかったです」
「いえいえ、わかりやすくて、とってもおもしろかったです。特に電動車いすでモールの女性下着売り場に迷い込んで、出られなくなった話とか」
「えっ、それも読んじゃったですかぁ…」
ぼくは恥ずかしくなって、目をぱちぱちした。
教室に着いてからも、ブログを読んでくれていた男の学生さんがいて、
「文章を読んでいると、詩みたいで、すてきだなって思いました」
そんなふうに感じてくれるひともいたとは知らなかった。気を使って言ってくれているのだろう。それでも、ほめられると、やはりうれしくなる。
別な女の学生さんに、
「いきものがかり、聴くんですかぁ。あたし最近の新しい歌、よくわからないんですよ。尾崎さんはくわしいですか?」
と聞かれ、
「いえいえ、たまたまCMとか、ドラマで流れている曲が耳に入って、いいなぁって思うと、すぐ聴いてみたくなるんですよ。いつまでたっても、成長しないというか、あれなんですね、ハハハ……」
いきものがかりは、若者のあいだで流行している三人の音楽グループだった。
このブログを事前に読んでくれていたとは思っていなかったので、ぼくはなんだか恥ずかしくなった。
昼の休みには、四、五人の学生さんが、大学をガイドしてくれた。外へも出てみる。葉をいっぱいつけたおおきな木があり、
「これは、いまは葉っぱだけだけど、桜です」
男の学生さんが、立ち止まって教えてくれた。晴れていたが、かなり風が強く、葉がふるえていた。電動車いすでまた進んでいると、すぐうしろで悲鳴がした。
ついてきていた学生さんのスカートが、風にあおられてしまうらしい。女の子が二人、ズボンにすればよかった、としきりに言っているのがおかしくて、運転しながらこらえるのがやっとだった。
こうして数時間、学生さんたちと過ごした。
非常勤で先生をしているSさんは、
「机の勉強だけだと、障害のある人を、障害の部分でしかみれなくなることも、あったりするんで、じっさいにふれあってみるのも、だいじじゃないかって思うんだよね」
たしかにそれは、ぼくも思っている。学校を卒業して、たとえ福祉の仕事につかなくても、学生さんたちはそれぞれに、いろんな分野に就職するだろう。
「学生のころ、障害のある人と、みじかい時間だけど、過ごしたことがあったなあ。元気でいるかな…」
そんなふうに思い出してもらえれば、うれしい。お店だったら、車いすでも入れるようにと、店内を工夫してくれるかもしれない。自動車のメーカーに勤めた人なら、ちょっとオプションをつけただけで、片手だけでも運転できる車とか考えてくれるだろう。
生まれてから死ぬまでずっと健康だなんて、だれだって、そんなことは、ありえないんじゃないかと、最近ぼくは思うようになってきた。なのに人は、健康なうちはそのことに気づかず、事故で障害をもってから、あるいは不治の病になってから、初めてうろたえ、先が見えなくなるのだ。
たとえそうなっても、命があるかぎり、人としての誇りをたいせつにされ、生きがいをもって日々を送れる社会であってほしいとは、だれでも望むことだろう。
ぼくはみじかい時間だけでもいいから、義務教育、あるいは学生のあいだに障害をもった人や難病の人とふれあう機会をつくるべきだと思っている。
どんな人の姿も、いつかそうなるかもしれないわが身の姿である。そう気づいて福祉の問題に関心を持つか、あるいはまた別の考えを持つかは、それぞれの個性で判断すべきことだ。
帰りには運転のSさんのほかに四人の学生さんが送ってくれた。ぼくのアパートで、みんなでジュースを飲みながら、社会福祉への思いを語った。
最近のコメント