2012年1月26日 (木)

〈働かざる者〉とは…

 静かなピアノが、朝日のあたるアパートの部屋に流れる。割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かしながら、パソコンのキーを打っていく。

 からだじゅうに力が入り、手足があまりいうこと利かない。ときどきかってに動く。舌がもつれ、言葉がはっきりしないのも、脳性まひ、という運動神経の障害によるものだ。作業時にかける音楽は、シンプルなピアノやギターの音色が、体の障害からくる筋緊張を和らげてくれる。

 思うように力を抜くことができず、ときどき息が苦しくなって、いくぶん顔が赤くなるときもある。

 電動車いすで街中へ出かけ、そこにBGMが流れていると、知らない人には酔っぱらったタコが、踊っているようにもみえるらしい。あるいは、知的に重度の障害のある方とまちがう。街中にひとりでいるのを心配なさって、

「ぼく、だいじょうぶ…」

 と、声をかけてくださる方もいる。四十四歳のオッさんは、もしできれば大人として接してほしい、という気もなくはない。ふだん脳性まひ、という障害のある人と接点がなければ、そういう症状はわからないし、ぼくだって同じようにしていたかもしれない。

 だからこそ、いろんなひとの目に触れるところで暮らしたい。障害者施設を出て、地域のアパートで暮らす道を選んだ理由のひとつでもある。

 そう決心し、地元の自立生活センターの協力で実現した日から、どれぐらいたつだろう。

 二、三時間おきに訪問ヘルパーさんがみえ、必要な介助をしてもらう。あとはひとりで集中しながらパソコンに向かう。あるいは用がすんでヘルパーさんが帰るとき、外の電動車いすへ乗せてもらい、ひとりで近くの公園へ行ったり、ショッピングセンターの売り場を見てまわったりする。いまはそんな日々である。

 いろんなふうに声をかけてくださる方はあるけれど、誤解があったとしても、あたたかく見守ってくださる方たちの気持ちをたいせつにしたい。こんにちわ、と声がかかる。急に言葉が出ないので、軽く会釈すると、

「がんばって…」

 とあたまをなでる。年配の主婦の方かと見上げれば、中学生のかわいい娘さんだったこともあった。そういう子は、生まれながらのお母さんタイプなのだろう。しっかりした両親の背中を尊敬のまなざしで見て育ったのかも知れない。

 この場合、ぼくはどうしていいのか。四十を過ぎたオッさんとしては、途方に暮れてしまう。手はいかないけれど、頭もかきたくなる。

「あはっ、あはっ、ど、どうも…」

 なぜかあわて、おじぎして別れる。どちらかといえば、心ない言葉を投げかけられることのほうが多い。そんななか、こういう心優しい子に出会うと、砂漠でオアシスをみつけたような、救われた思いになる。

 道を行く。どこにでも落ちているゴミばかり気にして文句たらたら行くか。風にゆれるちいさな草花に心をとめ、楽しみながら行くか。いつか終わる同じ道なら、きっとあとのほうがいい。そんな意味の話を書いていたのは、作家の五木寛之さんだったろうか。

 若いころは、このたとえもなっとくいかない気がしていた。年を重ねたいまはしみじみと心にくる。

 手足も口も思うようにならない。けれど、むかしむかしの物語には、足の不自由な人が、田んぼの見張りをしたことが記されている。情報屋のようなことをしていた、ともいう。たしかに、

「カタワ」

 とか、

「ツンボ」

 とか、呼ばれていたけれど、いまの感覚とはちがって、もっと親しみがこもった呼び名だったのかもしれないと、その時代のその集落に思いをはせる。言葉のニュアンスは、状況や時とともに変化していくものだろう。

 いろんな人の視野に入るところで、障害があってもそれぞれの状態に合った役目を持って暮らしていた。そんな社会が古代にあったと知って感動した。

 生まれてきたかぎりは、どんな命にも役目がある、という哲学もある。

 ひところ、

〈働かざる者は食うべからず〉

 という格言めいたものが、さかんに言われていた。だから障害者は食うべからず、ともよく言われ、傷ついていた若い時代もあった。

 気になってその出所を調べてみた。戦後の日本の復興のためのある政党のスローガンだと知った。元は聖書にあって、ニュアンスがちがっていた。ぼくはキリスト教でもなく、手元にないので記憶にたよる。

〈働きたくない者は、食うべからず〉

 あるいは、

〈働く意思のない者は、食うべからず」

 そんな表現だった。

〈働けても、その意思のない者〉

 なのである。

〈はたらく〉ということばも、いまは主に収入を得る意味で使っている。ところがむかしは〈はたをらくにする〉という意味だったという説もある。だから、

〈ひとの楽を支える〉〈人を喜ばす〉〈人を元気にする〉〈人を笑顔にする〉、たとえ寝たきりだの方だって、それがあるかぎり、働いていることになるのだ。つらいのは、仕事も障害も病気だって、ある意味同じだろう。その代償としての、収入の出所がちがうだけだ。

 食うべからずとはつまり、その逆をしている人へ向けた格言だ。不満があると、関係のない他への誹謗、中傷、弱いものいじめにはしる。はたを苦しめようとする輩である。

 なんだかいやな迷惑メールがあって、むずかしい話にいってしまった。

 パソコンの横の置き時計をちらっと見る。

「えっ、もう夕方の五時半になるか。あぁ、ちょっと、体がつらくきなってきた。休もう」

 BGMも、途中にヘルパーさんがみえ、パソコンをいったん離れるときにとめてから、そのままだった。

 指がひらかないので、げんこつの角でコンポのボタンを押す。アーチストで〈いきものがかり〉を選ぶ。〈明日へ向かう帰り道〉の曲が始まる。

  ひとかけらの不幸せと~

  ひとかけらの幸せと~

 ヴォーカルの吉岡聖恵さんの優しくつつみ込んでくれるような歌声に、疲れが癒される。

──あぁ、いいなぁ。またがんばろ…。

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2012年1月19日 (木)

みえないんだからさ…

 煤けた顔に、衣も泥がついている。旅の途中、泊まった小屋で休んでいると、目をぎらつかせた変態男が、か弱い女とみて、犯そうとする。

 スパッ

 指を刀で切られた男は、あわてふためいて逃げていく。

 女優の綾瀬はるかさんが演じる盲目の旅芸人、名は市という。逆手切り、という抜き打ちの剣術は、自分で身を守れるよう、父親が教え込んだもののようだ。その探していた父が旅の途中、流行病で亡くなっていたと、あとで知ることになる。

 泊まった小屋の暗闇で、市は小さくつぶやく。

「何を切るか、わからないよ。みえないんだからさ…」

 そのセリフが決まっている。かっこいい。障害があっても、この世で生きるために、努力のうえ獲得した身を守るすべだ。

〈ICHI〉とは、強きをくじき、弱きを助ける盲目の剣客映画〈座頭市〉シリーズのひとつである。だいぶ前、このコマーシャルが流れていたとき、主人公を演じる綾瀬はるかさんがカッコよく、おもしろそうだったので、

──DVDが出たら、かりよう…

 と思っていた。

 いろんな雑事でくたびれた夜は、ドラマをみるのが楽しみだったが、このところ、あまりおもしろいものがない。ふと思い出し、インターネットの〈楽天〉レンタルサービスでDVDを借りてみたのである。おかげで気晴らしになった。

 どこから、何がくるかわからない

 生きていくうえはだれだって、そんな不安はつきまとうだろう。ぼくは脳性まひ、という運動神経に関わる障害で手足があまり利かない。言葉も舌がもつれ、はっきりしない。

 子どものころ、施設で成長していくにつれ、まわりの大人のひとと信頼関係が成り立たない状況のなかで、この社会で身を守るすべは、文しかないと思うようになった。割りばしをつけたサンバイザーをかぶれば、あたまを動かしながらワープロのキーを打ち、時間はかかっても長い文が作れるようになった。

 あのころから、どれぐらいたつのだろう。気づけばぼくも四十四歳になっていた。いくら努力を重ねても、ままごとみたいな文しかかけなかった。けれど、おかげで時を経て、自分の身を守る盾になった。

 いまは介護サービスを利用しながらアパートを借り、いろんな人のいる地域で暮らしている。

 次の旅へ一人発つ、綾瀬はるかさん演じる市の背中には、どこか哀愁がただよう。

──自分の身を守るだけでは、まだだめだ。この社会の多くの人に、こんな文ででも、伝えていかなければならないことがある。口のきけない人、寝たきりの人へしわ寄せがいかない、真の社会の実現を願う。福祉が強者のためだけのものであってはならない。ぼくももっと、力をつけねば…。

 心に誓う…。

http://www.youtube.com/watch?v=Xc1PMRsdbkE

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2012年1月11日 (水)

今夜はあったまろう…

 家々の屋根も、庭木も白く化粧し、道の日陰に三センチほど雪が残る。近くのヤマザワスーパーへ、電動車いすで出かけたのは昼近くだった。

 自動ドアがひらき、中にはいる。

「やっぱ、中は、あったかいな」

 ひとりつぶやく。そのまま進み、野菜、魚介類、値段をチェックする。海老もおいしそうだが、値がはるので、やめた。贅沢は、たまに出かける料理店で気晴らしにすればいい、とうなずく。

 眺めていると、カツオのたたきが安かった。サポートでついてくれていたヘルパーさんに、

「これ、カゴに入れてください」

「いちばん小さいパックで、よろしいですか」

「はい」

 ほかに〈まだらの切り身〉〈生しいたけ〉と、とってもらう。

「会計、お願いします」

 と指示し、外へ出る。積もった雪がとけて、水たまりができている。滑らないように気をつけながら道を行く。

 風が吹くと、黄色い叫びがした。

「ひょえ~」

 ふり向いて、ぼくはそのあたまへ目がいく。

「気になりますか。きょうは帽子をかぶっていたので、だいじょうぶです。それにしても、やっぱこの寒さ、身にしみますね」

 にっこりぼくもうなずく。用足しについてくれていたのは、風にあおられると、いつもなら髪のかたちがサザエさんになってしまう四十代の主婦のヘルパーさんだった。あたまへ目がいったのは、そのためである。

 平成二十四年一月十一日、青い空に雲が漂う。昼近くの長町南(仙台市)の気温は、プラスの一か、二度ぐらいだろうか。ヘルパーさんが、

「けれど、夕方からかなり、冷え込むみたいですよ」

「…そうなんですか」

 言いながら、

──今晩はカツオのたたきに、みぞれ鍋、それに生姜でもおろして入れてもらおうかな。あとはゆっくり、風呂入ってあったまろう。

 風が吹き、

「ひょえ~~~~」

 サザエさんのヘルパーさんだった。

 寒さに震え、ぼくも家路を急ぐ…。

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2012年1月 7日 (土)

年の初めに…

 雪をまるめ、ほかの子たちと投げ合っている。

「ここまでおいで、あっかんべえ」

「よ~し」

 遠くの木立も、家々も、みんな雪をかぶり、白銀の世界である。どこかの空き地で、ぼくを含めて四、五人が、みんな五、六歳の子だった。

 なぜか手も足も、満足に動いていた。ポンとそばの男の子に肩を叩かれ、

「また遊ぼうな」

 そこで、目が覚めた。

 脳性まひ、という障害で、現実のぼくは手足が不自由である。話すにも舌がもつれ、言葉がはっきりしない。年も四十四のオッさんである。長町南(仙台市)のアパートで、いろんな人の手をかりながら暮らしている。

 部屋でひとり、布団にくるまっていた。時計をみると、朝の七時、起きる時間である。仕切り戸がひらき、起床介助のヘルパーさんがみえた。

「お~ぉ、寒いです~」

 アニメの〈クレヨンしんちゃん〉の雰囲気が、イントネーションに漂う十九ぐらいの娘さんである。

「お~ぉ、部屋はあったかいですね。手がちょっと、冷えてますんで」

 タイマーでついていたファンヒーターに手をかざし、

「それじゃ、起きますか」

「はい」

 布団をはがしてもらい、正座すると、着替えの介助をすすめながら、

「正月も、終わっちゃいましたね。年末年始は、どこで過ごしてたんですか」

 平成二十四年一月七日、もう七草の節句だった。聞かれてうなずき、

「一週間ほど帰省して、ゆっくりしてました」

 車で三十分ほどの幸町(仙台市)にひとり暮らしをしている母のアパートがある。帰ったのは十二月二十九日だった。

 母はジャニーズの櫻井翔さんがすきで、雑誌の切り抜きを壁に貼っている。木村拓哉さんのも加わっていた。七十三、四になるだろうか。

「かあちゃん、ミーハーだからや」

 と言っていた。ぼくもほっとする。

 女優の泉ピン子さんがテレビに映り、少し酒に酔っていたぼくは首をかしげ、

「やっぱ、あの人、かあさんさ似てるなぁ…」

 母は、肩をゆらし、

「ふん、ふん、やっぱりな…」

 本人も、そう思っていたようだ。

「ところで、しんやのすきな志田未来だっけ、このごろ出ねんでねぇの」

「うん、それに、成海璃子ちゃんも出てないし…。あっ、NHKの大河ドラマってのに、こんど出るのかな」

「そういや、成海璃子っていうのも、かわいいよな」

 ぼくもうなずく。

 一週間のんびり過ごし、自分のアパートに戻ったのは、おとといの一月五日だった。

 ヘルパーさんが、起床の介助をすすめながら

「ゆっくりできたんですね。ところで、尾崎さん、ブログの更新、きょねんの十二月二十五日でとまってますね」

 いわれて、ぎょっとした。

「えっ、みてました。もしかして、またバレちゃったですか」

 にんまりしながら、

「いつもクレヨンしんちゃんって、あたしのこともかいてあって、ハハハ。お~ぉ、そうだ! 新年のあいさつ、してなかったですね。あらためて、今年もよろしくお願いします」

 話が変わり、ぼくはほっとして、

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言って笑う声が、夢のなかの子どもたちと重なった。

 もしかして、あの子たちは〈クレヨンしんちゃん〉の仲間たちだったのだろうか。ヘルパーさんのかすかな声が、夢にまぎれ込み、途中からそうなったのかもしれない。だいぶむかし、風邪なのか、アレルギーだったのか、わからないけれど、鼻水がずっと出て、長くとまらなかったことがある。

「あなたは、鼻垂らしのボーちゃんよ」

 フンと笑う人もいた。

 夢のなかのぼくは、なんの障害もなく、みんなと走りまわっていた。舌のもつれもなく、だれとでもおしゃべりを楽しんでいた。目が覚めても、その感覚が残っていて、すがすがしい気分だった。

──今年もまたがんばろ

 勇気が込みあげ、そっと誓う…。

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2011年12月25日 (日)

クリスマス会の夜

 家々の窓の明かりがほんのり照らす道を行く。雪がちらついていた。

「ほんと、信じられないですよね。このあいだまで、あんなに暖かかったのに、急に寒くなって…」

 車いすを押しながらつぶやく。外出の介助でみえた長い髪のふくよかな三十前後の女のヘルパーさんだった。

「…ですね」

 にっこりぼくもうなずく。

 クリスマス会をひらこう、ということになった。場所はJR 長町駅の並びにある〈村さ来〉という居酒屋である。いつも利用している介護サービス事業所Mの利用者やヘルパーとの会だった。長町南(仙台市)のぼくのアパートから、歩いて二、三十分ぐらいのところだろうか。六時ごろに出かけた。

 人通りの多い街中は、イルミネーションツリーが、あちらこちら、きらめいていた。広い通りは車が渋滞し、なかなか進んでいかない。ヘルパーさんがつぶやく。

「やっぱり、クリスマスの日に出かけるには、歩いたほうがぜったいいいですよ」

 曜日で会を覚えていたけれど、考えてみると、この日はクリスマスのイブだった。きっとカップルが多いのだろう。

「…ですね」

 眺めながら、ぼくもしみじみうなずく。

 平成二十三年十二月二十四日、冷たい風がほおに吹きつけてくる。凍えそうな夜だった。〈村さ来〉の居酒屋に入ると、

「いらっしゃいませ…」

 トナカイの帽子をかぶった男の人が、笑顔で迎え、案内してくれた。店長だろうか。立ち働いている店員はみなサンタクロースの恰好をしていて、

──あぁ、なんか、いいなぁ…。

 心がほっこり和む。

 座敷の席へ着いてまもなく、白髪まじりの七十前後の男の人が、顔をのぞかせた。

「こんばんは、ようこそ、おいでくださいました」

 いつもお世話になっているヘルパーさんだった。あと二、三人とみえた。

 五人で囲んでいる座敷の席に、鍋物や刺し身が運ばれていた。白髪まじりの男のヘルパーさんが、

「じゃあ、先にいただいてましょう」

 みんなで乾杯し、グラスにさしてもらったストローでビールをすする。

「ビールはやっぱ、ひと口めがいちばんおいしいですね」

「ほんとです」

 談笑していると、事業所Mの女の代表の方がみえた。五十歳前ぐらいだろうか。まん丸い顔に、ちょんとついたちいさな目でのぞき込み、

「あら、尾崎さん、飲んでた?」

 こっくりうなずき、席に着く。サンタさん姿の女子店員が注文をとりに来て、歓声があがる。握手を求める男性陣に笑顔で応じていた。和やかな雰囲気が漂う。

 隣に座って介助をしてくれていた、ふくよかな女のヘルパーさんが、ふにゃふにゃしたのを箸でつまんで首をかしげていた。

「これは、タコ? それとも貝? 食べてみますか」

 うなずいて、口へ運んでもらう。

「なんですか?」

 パクパクしながら、ぼくも首をかしげた。タコやイカのような歯ごたえがあった。

「わからないけど、おいしいですよ。もっとください」

「はい」

 みていた事業所Mの女の代表の方が、

「それは、サザエって貝よ」

「なるほど…」

 名を知ると、おいしさがさらに増した。

 いつしか午前の零時を過ぎていた。

「そろそろ、帰ります…」

 外は凍てつくようで涙が流れそうになり、鼻をすする。

「なんか、あっという間の一年でしたね」

 車いすを押しながら、ヘルパーさんがしみじみとつぶやく。ぼくもうなずき、

「おっきな地震があって、余震が続いて、ほんと、落ち着かない一年でした」

 仰げばオリオン座、北極星が、うっすら輝いていた。

「来年は、きっといい年になります」

 そっと目を閉じ、祈りを込める。

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2011年12月22日 (木)

湯船につかり…

 湯船につかり、ふうっと息をつく。

 そばで汗を拭いながら、ひとりで何か呟いている。

「あぁ、ぼくのほとばしる肉汁が、尾崎さんにかかってしまっては…」

「???」

 風呂に入る日で、夜の八時にその介助にみえていた。いつも行儀よく正座し、

「きょうの入浴介助は、この、イベリコ豚がさせていただきます」

 それから介助を始める。人のよさそうな目の細い、おなかぽっこりの三十代の男のヘルパーさんである。

「外は、雪やこんこです。ところで尾崎さん、髪切りましたね」

「はい、きょう、モールの床屋さんへ行ってきました」

「雪降ってたんじゃないですかぁ」

「午後の一時過ぎから三時近くまでだったんで」

「じゃぁ、まだ降ってなかったですかね。さっぱりして、いいですね」

 アパートから十二、三分歩いたところにあるザ・モール仙台長町の〈QB HOUSE〉の床屋へ、車いすを押してもらって出かけた。

 おなかと背中にホッカイロを貼り、ダウンのコートを着ていたけれど、かすかな風さえしみるくらい冷たかった。

 車いすを押してくれていたのは、外出介助でみえた、長い髪のほっそりした四十ぐらいの主婦のヘルパーさんだった。家々の庭の木は、裸の枝をさらしている。風が吹くたび、首がすくむ。

 平成二十三年十二月二十一日、仰げばどんよりとくもった空が重そうだ。

「いまにも降りそうですね」

「ですね」

「今夜は、雪かな」

 ヘルパーさんがつぶやく。

 ショッピングモールの三階にある床屋に着いた。

 理容師さんが三、四人いた。車いすの横でかがみ込み、

「髪形は、どうされますか」

 ニワトリのトサカのようなあたまの理容師さんが聞いた。

「丸刈りで」

「丸刈りですね、かしこまりました」

 手足があまりいうこと利かないのも、舌がもつれ、言葉がはっきりしないのも、運動神経に関わる障害による。けれど何度か刈ってもらっていた理容師さんで、すぐに伝わった。

 髪を刈る感触、バリカンの軽いうなりが心地よく、うとうとしてしまった。

「これくらいの長さで、よろしかったですか」

 理容師さんの声ではっと目が覚め、

「はい、だいじょうぶです」

 礼を言って、店を出る。

 喫茶店で少し休んでから、デニム、ジーンズ、カジュアルの専門店〈Right-on 〉の売り場をのぞく。

「一通り、みてみたいので」

 車いすを押してくれていたヘルパーさんに伝え、売り場をまわってもらった。茶色のチェックのシャツを、なんとなく眺めていると、ヘルパーさんがいたずらっぽい笑みでのぞき込み、

「これなんか、似合うんじゃないですかね」

「ですか…」

 何も買わなかったけれど、眺めているだけでも、ファッションセンスを今風に磨いてくれそうな店だった。

「そろそろ帰ります」

 ヘルパーさんに指示し、店を出る。

 来たときよりも、さらに外はひんやりしていた。

 夜、湯船につかりながら、その日のできごとをふり返っていた。おなかぽっこりの男のヘルパーさんがそのそばで、

「こんなに寒いのに、どうしてこう肉汁が吹き出してくるんでしょう。やっぱり、ぶくぶく太ってるからかな。う~、これじゃ、ガッキーに会ったら、なんて言われるか…。でも、ガッキー、やっぱりかわいいなぁ」

 細い目がたれていた。ガッキーは新垣結衣さんの愛称で、たしか二十三歳ぐらいだろうか。あこがれの女優さんらしい。クスッとしながらぼくも、

「そういえばガッキーの出てた〈らんま1/2〉、録画してみましたよ。ガッキーがらんまかと思ったら、あかね役だったんですね」

「ショートカットにして、ますますかわいくなりましたよね」

「…ですね」

「そういえば志田ちゃん、最近出てないですよね」

 こんどはぼくのほおがゆるむ。

「それがなんと、ブルボン〈牛乳でおいしくホットなココア〉のCMに出てるんです。もう、うれしくて…」

 気づけば四十四歳、浮いた話ひとつなく、きょうまできた。志田未来さんは、十八、九のあこがれの女優さんである。彼女の笑顔がいつだって、ぼくの淋しい胸のうちを癒してくれる。

──クリスマスは、志田ちゃんの写真を飾って、BGMは、〈ハッピークリスマス〉にしよう…。

 目を閉じれば、ショッピングモールの〈Right-on 〉売り場でみた、カッコいいファッションに身を包み、志田ちゃんと手をつないで光のページェントを眺めているぼくがいる。

 湯船につかり、いつしかぼくの目も、たれている…。

http://www.youtube.com/watch?v=A46jakcu_G4

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2011年12月17日 (土)

もしかして 楽しんごさん?!

 あたりはうっすらと白くなっていた。粉雪が舞うなか、道のはじっこを電動車いすで行く。

 平成二十三年十二月十六日、ダウンのコートの下にも、袖をはずした厚手のジャンバーを着せてもらっていた。冷たい空気がそれでも身にしみ込んでくる。この日、気温は最高でプラスの三度と予報で言っていた。食材を買いに近くのヤマザワスーパーへ出かけたのは昼前だったから、それよりまだ低かったろう。

 電動車いすの後ろを、背の高いやせた男のヘルパーさんが、ひょろりひょろりとついてきてくれていた。二十四、五だろうか。物静かな青年である。歩きながら、

「寒いっすね」

「ですね」

 ぽつり、ぽつりと交わす。どこか、なよっとした空気が、ときどき漂うのは、気のせいか。いつだったか、同じ事業所からみえた、ほかのヘルパーさんが、

「あだしも前から思ってました。仕事場で男言葉つかってるけど、あれは相当むりしてますよ。きっと家へ帰ると、こっそり『ドドスコ、スコスコ~♪』って、ひとりで腰ふってます」

 それは乙女のキャラで人気のある三十過ぎの男性お笑いタレント、楽しんごさんのネタだった。

「…ですか、ね」

「ええ」

 自信ありげにうなずいていた。

 場の流れで、そういう話になってしまったと、あとで本人に伝えて詫びた。笑ってゆるしてくれたので、ホッとしたけれど、

「そっちの空気が、ありますかね」

 そのあとで、やっぱり…、と小声でつぶやいたのが、気にかかった。

 ヤマザワスーパーの自動ドアがひらき、中へ入る。

「ヨーグルトは、砂糖控えめ。納豆は、いちばん安いので。塩さばは、冷凍するんで、いちばん中身の多いパック。あとは、メモにかいてあるとおりに…」

「は~い、わかりました」

 あとは別行動でみてまわる。赤と緑と白、金銀の装飾、流れるBGMも、クリスマスのムードだった。サンタの帽子をかぶった店員さんが、

「いらっしゃいませ」

 笑顔で声をかけていった。

──サンタさんか、いいな…。

 外は寒かったけれど、心がほっこりしてほおがゆるむ。

「尾崎さん、メモにかいてあるぶんは、一通り、カゴにいれました」

 ふり向くと、ヘルパーさんが買い物カゴを抱え、ひょろりと立っていた。

「それじゃ、会計、お願いします」

「は~い」

 支払いが済み、店を出る。

 帰り道、ふと気になって電動車いすをとめ、ひょろりひょろりとついてきていたヘルパーさんのほうをふり向いた。粉雪が舞うなか、なぜかサンタの帽子をかぶって女の子のしぐさで、はしゃいでいたようにみえた。

  ラブ注入~♪

──幻覚か。

 そっと首をふり、家路をいそぐ…。

http://www.youtube.com/watch?v=s2Lw48H_bBA

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2011年12月10日 (土)

〈結婚を祝ってやろうじゃない会〉

 ピアノのゆったりした生演奏が流れ、ツーショットの写真が飾られている。ずんぐりむっくりして、人のよさそうな新郎(三十代)。ショートカットの髪にくりっとした目を細め、ちょっと照れくさげな新婦(三十代)。しあわせそうな雰囲気が、ほおを寄せた笑顔にあふれている。

 平成二十三年十二月九日、仰げば星がひとつ瞬いていた。暗い夜道、外は冷たい空気が身にしみ込んでくる。長町南(仙台市)のアパートから車いすを押してもらい、四十分ぐらいかけて着いた。〈長町遊楽庵びすた~り〉のレストランに入ったのは、夜の八時ごろだった。

 イタリアンの、バイキング形式だった。車いすを席に着けてもらう。新郎新婦の入場を待つあいだ、壁の写真を眺めていた。外出の介助でついてくれていた三十代の女のヘルパーさんが、

「この女の方って、以前にいた施設で、いっしょだったんですか」

 こけしのような髪のかたち、くっきりした目鼻立ちは、どこかでみたクレオパトラの絵の雰囲気があった。そのヘルパーさんに、

「はい、同じ脳性まひで、同じ障害者施設にいました。そこを出てアパートで暮らし始めたのは、ぼくの一年あとだったかな。だんなさんは、その施設の事務にいて、とってもいい感じの職員さんでしたよ。パソコンにくわしくて、ぼくもその買い物、つきあってもらったりしてたんです。そういえば、なんとなく仲よさそうな雰囲気はあったかも…」

「へぇ、そうだったんですか」

 新郎新婦の入場で紙吹雪が舞う。ウエディングドレスを身にまとい、化粧もばっちり決まっている。だんなさんに車いすを押されながら、こぼれる笑顔がいかにもしあわせそうだった。

 近くの長町に住んでいて、ぼくのアパートのある長町南にも、電動車いすで用足しなどに来ていた。道でときどきばったり会って、それぞれの近況を話す。ずっとみていなかった。久しぶりに会ったのは、三週間ほど前だったろうか。

「わたしね、結婚して、いま、おなかに子どもがいるの」

「えっ、ほんとに」

 びっくりしながら、みると、おなかがふくらんでいた。

 それから会うたび、

「からだ、だいじょうぶ。おだいじにね」

「うん、尾崎さんも、風邪に気をつけて…」

 障害者施設から出て、いろんな人のいる地域で暮らす決心をしたとき、T春ちゃんも実現へ向けて、同じ仙台市の自立生活センターにサポートしてもらっていた。そこの職員さんからメールが届いたのは、それから数日後のことだった。

「〈結婚を祝ってやろうじゃない会〉を開催します。お時間がありましたら、ぜひ、ご参加を…」

 紙吹雪が舞うなかを進んでくる二人を眺めていると、

「はい、尾崎さんも」

 切りきざんだ折り紙を、ヘルパーさんが手の指のあいだに挟んでくれた。その手をふる。運動神経に関わる障害で、うまく指がひらかず、飛ばなかったけれど、二人の上にふらせた気分になっていた。

 ストローのさされたグラスを、ヘルパーさんが口もとへ寄せてくれる。ひと口すすり、

「あぁ、うまい」

「だんなさんも、いつもにこにこして、いい感じの人ですね」

 ヘルパーさんがつぶやき、ぼくも心からうなずいた。そっと祈る。

──いい人に巡り合って、よかったね、T春ちゃん。いつまでもしあわせに…。

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2011年12月 4日 (日)

寒くなってきて…

 近所のヤマザワスーパーへ食材を買いに電動車いすで出かける。昼食後だった。

 サポートをしてくれていたのは、パーマをかけた三十代の男のヘルパーさんだ。道のはじっこを、いっしょにいく。

「尾崎さん、きょうは、風がすごく冷たいですね」

「えぇ、ほんとです」

 ぽつり、ぽつりと言葉を交わす。

 家を壊すためにパイプを高く組み、シートで覆っているところがあった。強風で傾いたのだろう。工事の人が直しているのが、たいへんそうだった。四十四年生きてきたぼくでさえ、経験したことのない大地震が、三月にあった。あれからもう九か月になるのだろうか。アスファルトのひび割れやでこぼこになったところも、もうだいぶ元に戻っている。

「まだそんな気がしていなかったけど、もう師走なんですよね。落ち着かなかったせいか、今年はなんか、すごく早くて」

 だれもがそう口にする。

 平成二十三年十二月四日、師走に入ったけれど、秋の景色が、そこここに残っている。熟した柿の実が、ゆれる枝にしがみついている。今年の秋はいつまでも温かな日が多かった。気がつけば〈雪やこんこ〉のオルゴールが、ぼくのいる長町南(仙台市)のアパートにも数日前から流れてくるようになった。暖をとるための灯油売りの車だ…。

 冷たい風に吹かれ、スーパーへ着く。

「シャケは、一切れずつラップして冷凍しておきたいんで、多いのをひとパック。ヨーグルトは、みて買います。あとはメモにあるのをカゴへお願いします」

「了解です」

 あとは、介助の人と別行動をとる。電動車いすのときはそのほうが、通りがかりの人が、直接声をかけてくれたりする。

「あら、また会ったわね。寒くなってきたねぇ。風邪ひいでねがい。うめもん、えっぺぇ買ってがいよ」

 店内でしばし世間ばなしをするおばあさんもいる。脳性まひ、という運動神経に関わる障害で、手足がときどきかってに動き、表情もゆがむ。そんなぼくにも笑顔を向け、バイバイ、と手をふってくれるちいさな子もいる。

「尾崎さん、ひと通り、入れてきました」

 ふり向くと、ヘルパーさんがそのカゴを下げてきていた。支払いを済ませてもらう。

 さっきより、外は風が強くなった。家路を行く。冷たい空気が、厚手のダウンコートの上からも、身にしみる。

「風邪ひいでねえがい」

 通りがかりに声をかけてくれた、おばあさんの笑顔が浮かぶ。温かなものが、胸にじんわりひろがった…。

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2011年11月29日 (火)

自分へのご褒美…

 調理場とのあいだに窓があり、のぞくと板前さんたちが、きびきびと立ち働いている。

 窓と壁づたいのカウンターの席に車いすをつけてもらった。やわらかな灯りに、短冊のメニューの墨字が、ぽうっと浮かぶ。

 わきのいすへかけたヘルパーさんがメニュー表を開いてくれる。眺めながら、

「次のページへ…」

 始めから終わりまで二、三回くり返し、ひと息つく。

「やっぱ、迷いますか」

「えぇ、料理名と実物がちょっと…」

「ハハハ、写真がないと、あたしもわからなくなりますよ」

 にっこりぼくはうなずく。

 手足があまりいうこときかない。話すにも舌がもつれ、言葉がはっきりしないのは、脳性まひ、という障害によるものだ。いろんな人の手に支えられ、長町南(仙台市)の地域でアパートをかり、ぼくは暮らしている。

 食卓は、特売の納豆、焼き魚、ごま和えなどが多い。食材を買いにスーパーへ行っても、安いほうへと目がいく。指示を聞いて調理してくれた訪問ヘルパーさんが、

「尾崎さんって、粗食だよね」

 と言う。

「とんかつとか、食べたいと思わないんですか」

 ふだんはあまり、そういう気がしない。遊園地、ディズニーランドへひとりで行ってもつまんないのといっしょ、といったらいいか。といって、ただ人とつるんでいたいわけでもない。

 その日のパソコン作業などが終わる。身も心もくたびれた夜、ふと淋しくなる。あこがれの女優さんが出ていないかと、番組表を眺めている。

 目の前のことに精一杯だった。浮いた話ひとつなく年を重ね、いつしか白髪もふえてきた。このくたびれたオッさんの心を癒してくれるあこがれの女優さんたちは、ちかごろテレビに姿をあらわさない。

──志田未来ちゃんも、成海璃子ちゃんも、どこへ行ってしまったんだ。

 前シーズンの連続ドラマに出ていたので、ひと休みの時期なのだろうか。

 こんなときは、街の料理店にでも出かけて思いきり、おいしいもので腹を満たすに限る!

 地下鉄仙台駅から降りてすぐのエスパル地下一階は、料理店が並ぶ。〈松島〉という海鮮料理の店に入る。午後の四時過ぎだったろうか。外出介助のヘルパーさんとアパートを出たのは、その一時間ほど前だった。

 平成二十三年十一月二十七日、青い空に雲がゆっくり流れていた。枯れ葉を踏む音がして、ところどころ、木の葉の紅がくすんでいた。

 車いすを押しながら、ヘルパーさんが、ため息まじりに、

「秋は、淋しいですね。もうすぐ寒くなるし、またひとつ、年とっちゃうって、やっぱ、思うからかな」

 その舌足らずなつぶやきは、タレントの山瀬まみさんの雰囲気が漂う。長い髪のほっそりした二十代半ばの女のヘルパーさんだった。

 去りゆく秋の風景のなか、しみじみぼくも、

「ですね…。来年の誕生日がくれば、こんどは四十五か。四捨五入すれば…、あ~」

「どうか、されました」

 ヘルパーさんがのぞき込む。あわてて、

「いえ、なんでも…」

 カウンターの席で、壁に貼られた短冊に、ハイボール、とかいてある。

「これにしよう」

 テーブルにおいてもらう。車いすが奥まで入るので、グラスにさしてもらったストローが、ちょうど口もとにくる。ひと口、二口すすり、

「あぁ、うまい!」

 街の料理店で、ほかの客にまじって飲むのも、たまには気晴らしになる。

「なんか、こういう店って、年配客が多いイメージがあるけど、若者がいっぱいいますね」

 たしかに見まわすと、若いカップルもぽつりぽつりいた。

「ほんとですね。いまは、こういう落ちついたところも、よかったりするのかな」

 ぼくも首をかしげた。

 頼んでいた刺し身の盛り合わせが運ばれてきた。箸で口へ運んでもらう。まぐろ、かんぱち、たこにほたて、どれも生きがよくて、ひんやりとしていた。

「おいしそうに食べますね。あぁ、なんか介助してたら、あたしも飲みたくなっちゃった。けど、二人で酔っぱらったら、帰りの介助、やばいですよね、ハハハ」

「ですかね、ハハハ」

 脳性まひによる苦痛や息苦しさも、アルコールの力で緩和され、体がリラックスし、気分も晴れていた。ふと時計をみる。

「あれ、そろそろ時間ですね。おかげさまでおなかも満たされました。そろそろ帰ります」

「ハハハ、顔がちょっと赤いですね。酔っぱらいました? たまには自分へのご褒美もしないとですね」

 言われてにっこりうなずく。

 ヘルパーさんに指示し、店を出る。

 帰り道、街のはずれへ出ると、あたりは暗くなる。街灯の光に浮かぶ街路樹の紅葉が鮮やかだった。車いすを押しながら、

「星があんまり出ていませんね。あしたはたぶん、雨か雪、ですかね」

 ぼくも空を仰ぐ。

「そうですかね」

 みえないけれど、その向こうに輝く無数の星へ感謝の祈りを込める。夜空にひとつ、星が瞬いた。

──あしたから、また、がんばります。

 ほてったほおを、冷い風が、やさしくなでた…。

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2011年11月23日 (水)

クレヨンしんちゃん?!

 手が利かないので、ご飯をスプーンで口へ運んでもらう。朝の八時をまわるころだ。起きてから一時間は過ぎた。まだ寝ぼけ半分だったけれど、ヘルパーさんが作ってくれたわかめご飯がめずらしく、

──これ、おいしい。

 胸のうちで呟きながら、パクパクしていると、

「お~、すごいですね~」

 介助をしてくれていたヘルパーさんが、つけていたテレビをちらっと見て、ちいさなため息をついた。乱闘騒ぎになっている国会のようすだった。韓国だろうか。議員がたくさんいるなか、催涙ガスがまかれたらしい。

 口をパクパクし、飲みこんでから、

「国会って、なんで、あんなふうになるのかな。もっとおだやかに、話し合えないのかな、って、いつも思うんだけど…」

「いつもおだやかに、ですか。なんか、尾崎さんみたい、ハハハ」

 何気ないことばで、はっと気がついた。

「ハハハ、たしかに、それができたら、世の中、苦労しないよね」

 よかれあしかれ、いろんな人がいるのがこの社会である。ふだんの暮らしのなかでも、気を張って、構えていなければならないときもある…。

「それにしても、このわかめご飯、おいしいですね」

「お~、ほんとですか~。薄味がいいって言ってたから、薄くしてみました」

 ショートカットの娘さんで、十九歳と言っていた。アニメ〈クレヨンしんちゃん〉の雰囲気が、なんとなくイントネーションに漂うヘルパーさんである。介助をしながら、

「ブログ、みましたよ。尾崎さん、三十代かと思っていたけれど、四十四なんですね。クレヨンしんちゃんって、あたしのこと、かいてたでしょ」

「ばれ、ちゃいました?…」

「ばれちゃいました、ハハハ」

 あわてたけれど、ハハハで終わり、ホッとする。

 いつだったか、歯磨きの介助のとき、口のまわりが泡だらけになった。

「お~、尾崎さん、サンタクロースみたいになっちゃったぞ~。だいじょぶですか~」

 あわてたときもクレヨンしんちゃんのしゃべり方だった。あやうく吹き出しそうになり、かからないよう、ぼくもあわてて横を向く。

 そんなヘルパーさんも、介助しながら、中学時代のつらかったことを話してくれた。

 まけられない。しみじみそう思う。

──みんな、泥にまみれて咲く蓮の花…。

 遠いむかし、苦しみ抜いて、人生をそれにたとえた釈迦という人がいた。

 手足があまりいうこときかず、話すにも舌がもつれ、はっきりしないのは、脳性まひ、という障害によるものだ。

 自分の思いをわかってもらえない環境で、生きる意欲さえ見いだせずにいた日々もあった。気がつけば、四十四歳、ぼくもがんばり抜いてきた…。この先も、何があるか、わからないけれど、泥にまみれても、心に花を咲かせていたい。そんなふうにいまは、年を重ねる努力をしていきたい、と思う。

 平成二十三年十一月二十三日、壁のカレンダーをふと見上げる。

 歯磨き粉の泡で、サンタクロース、か…。ヘルパーさんの発想に、クスッとしてしまう。今年ももうすぐ、雪の季節がくるんだ。

 シャリシャリと鈴の音が、たしかに遠くで鳴った…。

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2011年11月17日 (木)

ぽっこりおなかのヘルパーさん

 湯船につかり、ふうっと息をつく。夜の八時を過ぎていた。

「志田未来ちゃんが、七時から八時まで、テレビに出てたと思うんですけど、みましたか」

 事業所Oから入浴の介助にみえていたヘルパーさんが、ネットでちらっとみた情報を伝えてくれた。

「えっ、ほんとですか。知らなかったです…」

 そのころは、ちょうど読書をしていた。

 舌がもつれ、ことばがうまく話せないぶん、自分を守っていく手段をもつことに必死だった。手足の動きがあまりままならないのも、運動神経に関わる障害による。

 割り箸をつけたサンバイザーをかぶり、頭を動かし、パソコンのキーを打つ。体験したことを、いくらかでも人にわかるようにまとめていく。おかげで心ない人に出会ったとしても、自分を守っていけるようにはなった。

──けれど、なんだかな…。

 浮いた話ひとつもなく、年月が流れ、気がつけば、もう四十四歳、白髪も交じり始めていた。

 志田未来さんや成海璃子さんは、そんな冴えないオッさんの淋しさを癒してくれる、あこがれの女優さんなのである。

「う~ん、お知らせすればよかったですね」

 親身になってため息まじりにつぶやいてくれていたのは、ぽっこりおなかの三十代の男のヘルパーさんだった。アパートの玄関を入ると、行儀よく正座し、

「今晩の入浴介助は、このイベリコ豚が、させていただきます。もし、来なくなることがあったら、出荷されたと思ってください」

 とまどいながら、ぼくも頭を下げ、

「イベリコ豚って、なんですか」

 ほんとうに知らなかった。調べてみると、食用に飼育されている黒豚らしい。

 女優の新垣結衣さんがすきで、その話をすると、

「ガッキー、かわいいですよね」

 細い目がたれる。

 髪を洗ってくれながら、

「尾崎さん、だいぶみじかくなりましたね。床屋には、いつ行かれたんですか」

「きょうの午後に行ってきました」

「寒かったんじゃないですか」

「えぇ、風が冷たくて」

 事業所Mから外出介助のヘルパーさんがみえて出かけたのは、午後の一時過ぎだった。同じM事業所のヘルパーさんが、

「こんど新しく入った、ハゲ坊主の、三十代の男の人が来ます」

 いつだったか言っていたので、

「ハゲ坊主…」

 と首をかしげた。

「おじゃまします」

 当人が坊主頭でみえたとき、そのことばを思い出し、込みあげてくるものがあった。

「初めてで、行きとどかないところがあるかもしれないけど…」

「はい、だいじょうぶです。介助の仕方は、そのつど説明しますんで」

 指示しながら準備を終え、外へ出る。車いすを押しながらヘルパーさんが、

「尾崎さんは、どのぐらいのペースで床屋いかれるんですか」

「月一、くらいですね」

 すると、

「ぼく、このとおり、ハゲなもんで、ヘヘッ。二週間にいちど、刈らないと、おかしくなっちゃうんですよ。自分でやるんですけどね…」

 また思い出し、プッとなりそうなのを押さえながら、とぼけて、

「へぇ、そうなんですかぁ。ぼくは、小学五年生のころから、白髪があって…」

 とっさに言っていた。三十代でハゲとは、なんとも同情してしまう。

「でも尾崎さん、頭のかたち、いいっすよね」

「そうですか、ハハハ」

 平成二十三年十一月十六日、空は雲がひろがっていた。枯れ落ち葉がアスファルトの上をころがり、乾いた音を立てる。ダウンのコートを着せてもらっていても、冷たい空気が身にしみてきた。

 湯船につかりながら、そんなできごとをふり返る。

 事業所Oから入浴介助でみえたぽっこりおなかのヘルパーさんが、しみじみと、

「あと四十何日で正月、なんですよね。ぼく、おもち、すきなんで、また、きっとふくらみますよ」

 ぽっこりおなかをなでている手の動きにつられ、じっとみてしまう。

──なんかほんと、網でおもちを焼いて、ふくらんでいく感じ…。

 想像したことが口から出そうになる。あわてて、

「いえ、あのですね。ガッキーのスペシャルドラマ、やっぱ、十二月のはじめぐらいにあるみたいですよ」

「そうなんですね。何日なのか、ネットでチェックしなきゃ」

 ぽっこりおなかをなでながら、細い目がたれる…。

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2011年11月12日 (土)

いい夢がみれますように…

 電動車いすで歩道を行くと、紅のまじった街路樹が、陽の光に映えていた。秋も終わりになるころなのに、温かな日がつづいていた。気温がぐんと下がったのは、立冬を過ぎたあたりからだったろうか。

「むかしの人は、そのあたりから寒くなるって、知ってたんですね」

 朝の七時ごろ、起床の介助をしながら、しみじみとつぶやいた。外はだいぶ寒かったのだろう。やや白髪まじりで丸い顔、左目の下にホクロのある四十代の男のヘルパーさんだった。うきうきした表情に、首をかしげていると、ここへ来る途中の話をしてくれた。

「ふと空を見上げたら、太陽の横に虹が出てたんですよ。天使が降りてくるんじゃないかってくらい、ふしぎな感じがしました」

 にっこりぼくもうなずき、

「ほんとですかぁ。なんか、いいことありそうな気がしますね」

「えぇ、ほんとです」

 その話を聞きながら目を閉じ、その光景を心に描く。軽やかな気持ちになった。

 朝の用がすみ、丸顔の男のヘルパーさんが帰ると、いつものように、部屋でひとり、パソコンに向かう。

 ふうっと息をつき、ベランダの窓へ目をやる。いつしか雲がひろがっていた。

 昼前にみえたヘルパーさんと、用足しへ出かける。

 いまにも降りだしそうな空だった。道のはじっこを電動車いすで進んでいく。枯れ葉をふむ音がして、冷たい風がほおをなでる。

「このあいだまで、温かかったのに、空気が冷たくなってきましたね」

「ほんとです」

 平成二十三年十一月十一日、紅く染まった葉をつけていた木々は、ところどころ、裸の枝をさらしていた。

 アパートに戻ると、午後も部屋でひとり、パソコンに向かう。

 三時半近く、玄関からノック音がした。

「どう、元気?」

「うん、元気」

 ときどきボランティアを派遣していただいている福祉協会のSさんがみえた。仕事で近くに来たとき、ようすをみに立ち寄ってくださる。ごま塩の短髪に黒縁めがねをかけた五十前後の男の職員さんで、大学や専門学校で社会福祉の授業を受け持つ。ぼくが十代のころからのつきあいで、ときどきその手伝いに声をかけていただいている。静かだけれど、気さくな方だ。

「はい、おみやげ。おやつ買ってきたんだけど、これ、だいじょうぶ」

「お~、いちごのチョコですね。おいしそ~」

 手が利かないので、ポンと口へ入れてもらう。甘酸っぱい香りがひろがった。

 小一時間ほど、おやつを食べながらいっしょにすごす。

「最近、どう? ときどきブログみてるけど、いつも一日で書きあげてしまうんだよね」

「うん」

 静かな笑みを浮かべ、ぼそっと話すさまは、柄本明さんを少し若くした雰囲気が漂う。気づいたのは、〈妖怪人間ベム〉のドラマをみるようになってからだった。〈名前の無い男〉という、人の心の悲しみや闇を読み、ふしぎな術を使う謎の男の役で出ていた俳優さんだ。帰りぎわ、

「もうすぐ大掃除の時期になるね。学生、何人か連れてくるから、掃除したいところとかあったら、言ってね」

「はい」

「あと、困っていることとか、ないかな」

 ぼそっという。やっぱり、あのドラマの謎の男だ、と思った。

──どうか一晩だけでも、ジャニーズ系の男の子になった夢をみさせてください。志田未来ちゃんでも、成海璃子ちゃんでもいい。恋人同士のカップルになって、遊園地へ行きたいです。枯れ葉の散る公園をいっしょに歩きたいです。それだけで、目が覚めても、きっと、もっとがんばれます。

 そっと祈る。

 Sさんがふしぎそうに、

「なにか…」

 あわてて、ぼくは首をふる。

 いまにも、

「あなたの目は、乾いてますね」

 ぼそりと言って、願いを叶えてくれそうな気がした。

 布団のなかで静かな笑みを浮かべる。もういちど、そっと祈る…。

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2011年11月 4日 (金)

うつるんです

 割りばしをつけたサンバイザーをかぶって頭を動かし、パソコンのキーを一つ一つ打っていく。

 運動神経に関わる障害で、手足があまりうまく動かない。ことばを話すにも舌がもつれてはっきりしない。長町南(仙台市)のアパートで、いろんな人に支えてもらいながら暮らしている。

 届いたメールを読んで返信し、ふうっと息をついて、ベランダのあたりへ目をやる。午前九時半を過ぎていた。

「お~、いい天気~」

 近所の用足しで昼ごろ出かける予定があった。呟いたあとで、

──もしかして、朝に来ていたヘルパーさんのイントネーション、うつった?

 ふと首をかしげた。

「お~、寒いですよね~」

 ときどきアニメの〈クレヨンしんちゃん〉の雰囲気が、声の抑揚に漂う。ショートカットの十八、九の娘さんである。

 布団をはがしてたたみ、着替え、歯磨き、洗面と、介助が進んでいく。

「お~、あと二か月で、今年も終わっちゃいますね~」

 カレンダーへ目をやり、しみじみと、ぼくもうなずく。気温が高い日が多かったせいか、そんな気がしないでいた…。

 そして昼にみえたのは、いっしょに出かけ、強風にあおられると、

「ひょえ~」

 黄色い悲鳴をあげられる。髪のかたちがサザエさんになってしまう四十代の主婦のヘルパーさんだった。きょうも、うしろからついてきてもらいながら、道のはじっこを電動車いすでいく。穏やかな日だったので、髪は乱れていなかった。

 道ばたの木の葉の緑に紅が混ざり、風に揺れている。陽の光がまぶしかった。

「なんか、十一月とは思えない温かさですよね~」

「ほんとです~」

 そんなふうに言葉を交わしている。

 午後も部屋でひとり、パソコンに向かう。

 ふうっと息をつく。

「あ~ぁ、くったびれた~」

 気づけば、ぼくの呟きもサザエさんになっていた。

 いつだったか、

「きょうの尾崎さん、なまってますね」

 そんなときは、一日のはじまりに関わったヘルパーさんが、なまりがあって、ときどき空耳だったりする。

 あとから気づき、ひとりでクスッとしてしまう。

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2011年10月30日 (日)

焼き肉でにっこり

 運ばれた肉を箸でつまみ上げ、テーブルのまん中の網におく。香ばしいけむりが漂う。

 赤提灯の〈大将〉という焼き肉の店で、車いすから座敷の席へすわらせてもらう。運動神経に関わる障害のあるぼくは、正座のほうが体が楽なのだった。

〈温麺〉〈サーロイン〉など、おすすめのメニューが壁に貼られていた。切り盛りしているのは、五十代ぐらいの気さくなご夫婦だった。車いすを押してもらいながら入ると、

「いらっしゃい」

 温かく迎えてくださった。

 訪問介護サービスのMという事業所の代表の方へ用事のメールを送るとき、一言添えたのは、二週間ほど前だったろうか。

 ぼんやりテレビを眺めていると、SUNTORY〈ソウルマッコリ〉のCMが流れる。

 白一色に囲まれたなかで、若い女性客が、乳白色の液体をグラスで飲んでいるのが、いかにもおいしそうだった。

「ねえ、マスター、日本の女性、すき?」

 チャン・グンソクという、韓国出身のイケメン俳優さんがマスター役で、

「きらい…、うそ、大好き、特にあなたが」

 ひとときのしあわせを、体じゅうであらわしている女優さんはなんといったか。

「こんど、マッコリ、飲みに行きたいね」

 きのうそれが実現し、近くの料理屋へ出かけていた。〈大将〉という店は、二次会で入った。夜の九時ごろだったろうか。ゆったりくつろげる落ちついた雰囲気で、JR長町駅西口前の近くにある。

 平成二十三年十月二十九日、車いすを押してもらっていると、枯れ葉をふむ音が、かすかにした。ネオン街の空に、星が一つ、二つ光る。

 座敷の席で隣に座り介助をしてくれていたのは、めがねをかけたおちょぼ口の三十代の男のヘルパーさんだった。

 グラスに注いでもらった白い液体をストローですすると、乳酸菌の甘酸っぱい味が、口の中に広がる。前の店は、どちらかというと、ジュースのような甘さだったが、こちらは、アルコールの度が高く、いかにも酒だった。

 M事業所の代表の方の、まん丸い顔にちいさな目がにっこりし、

「どう」

 以前ぼくのアパートにもよくみえていた女のヘルパーさんで、四十代後半だろうか。どっしり構えた雰囲気は、幼いころ、ドラマでみた記憶がかすかにある。京塚昌子という女優さんがやっていた〈肝っ玉かあさん〉に、どこか似ていた。

「甘さが抑えられて、ほどよい酸味でおいしいですね」

 にっこりぼくもうなづく。

 ふだんは肉を好まないけれど、この店の味は、格別である。やわらかく、適度な歯ごたえがあり、肉汁もほどよい。箸で運んでもらい、口をパクパクしていると、M事業所の代表の方が、

「ねえ、みてみて、わたしのあたまの毛、また薄くなったでしょ」

 いつだったか用事のメールの最後に、松崎しげるさんの歌う〈ハゲのメモリー〉というYouTubeの動画が出てくるアドレスを、知らんぷりして貼りつけた。

 するとお返しに〈わかめと昆布ではげんでます〉というメッセージを添えて、酢昆布を「あの方から」とみえたヘルパーさんからいただいた。一本とられた。以来、会えばなにかとハゲの進みぐあいの話になる。

「ハハハ、そう、そうですかね」

 すっかり恐縮していると、

「尾崎さんも、ちょっと白髪、増えたんじゃない」

 にぃっと笑う。

「ハハハ、そうでしょ。お互いに苦労してますからね」

「ところで話変わるけど、うちのヘルパー、ちゃんとやってる? 困ったことがあったら、メールしてね」

 微笑を浮かべ、うなずく。隣で介助してくれているヘルパーさんをちらっと見て、

「みえる回数が多いせいか、彼の夢をよくみるようになりまして…」

「え、どんな?」

 こんなふうだ。洗面、ひげ剃りへと起床の介助が進んでいく。布団にちょこんと座り、ぼんやりした頭で介助を受けていると、彼が思い詰めた目をしていた。

「おいら、ほんとは、こんな姿なんだ…」

 みるみるバッタの怪獣になっていく。仰天して目が覚めた。

 布団のなかでホッとしていると、夢と同じ雰囲気で彼があらわれた。ん、ん、ん、というのは、集中しようとすると出る癖である。頭がはっきりしてくると、込み上げてくるものを押さえられなくなる。彼もつられて、

「な~に、笑ってるんですか」

 しまいには、打ち明けなければならなくなった。ところが、

「おいら、よく、バッタに似てるなって、言われてましたよ」

 彼は気にするふうもなく、朝ご飯を用意しながら、節をつけてくり返す。

「バッタ怪獣♪ バッタ怪獣♪ ん、ん、ん、ん、バッタ怪獣♪」

「うちのヘルパー、個性的な人もいるけど、いやなことがあったときは、がまんしないでおこってね。尾崎さんにも育ててほしいの」

「いえいえ、そんな、みんな、がんばってくれてます」

 M代表の方の温かい言葉に恐縮し、頭をみて、思わず頭を下げる。

 白髪頭で眉毛の長い七十ぐらいの男のヘルパーさんが斜め向かいで、穏やかな笑みを浮かべ、うなずいていた。いつしか時を忘れ、夜が更けていった…。

http://www.youtube.com/watch?v=lgAJ2-Xpoqw

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