アパートにみえるヘルパーさんに、
「どうでした。ゆっくりしてこられました」
実家でのようすを聞かれ、
「たまにはのんびりできて、いいですね」
車で三十分ぐらいの幸町(仙台市宮城野区)というところに、ひとり暮らしをしている母のアパートがある。
母が父と別れたのは、いま四十二のぼくが、まだ五歳になるか、ならないかのころだ。それから七十歳すぎた今まで、ずっとひとりでいる。寅年の生まれなので、今年は年女になるのだろうか。
去年の暮れに帰省し、昨日までの一週間、そこでゆっくり過ごした。
運動神経の障害で、手指がうまく使えないぼくは、本を読むのにブックスタンドを使う。こたつに入って、本のページを鼻やあごでめくっていると、母はいつのまにか壁に向かって、呟いている。
「翔くん、カッコいい」
いつも気がつくと、母はそれを眺めてにっこりしていたりするが、ぼくは耳だけ傾けて、聞いていないふりをする。
その物陰に貼ってあるのは、雑誌から切り抜いた『嵐』の櫻井翔さんの写真だ。歌って踊れるアイドルグループ、ジャニーズのメンバーである。
はじめは、首をかしげたが、
「だって、翔くん、すきなんだもん」
母のにっこりしているようすに、なるほど、そうなのかと、貼ってあるわけを理解した。
だったら、もっとでっかいポスターにすればいいのに、と思う。すると母は、客が来たら、恥ずかしいという。けれどぼくは、ちっともおかしいとは思わない。人は人、自分は自分、それがわからない人が、いろいろ言ってくることがあっても、そういうときは流せばいいと思うが…。
いつだったか、母が夢中になっているテレビをいっしょにみていた。若い男の二人組が歌っているのだが、なんというのか、ぼくにはわからなかった。すると母は、
「なんだ、知らないの。『テゴマス』だっちゃ」
「テゴマスって、何…」
誰でも知っているアイドルの二人組『テゴマス』もわからない、文化程度の低い息子だと呆れていたが、教えてくれた。
テゴマスの二人組は、どちらもジャニーズのメンバーだという。
「んだぁ。カッコいいべぇ。しんやは、それなりでも、あきらめないで、少し努力はしないと、ダメだ」
「はぁ…」
ぼくは四十二の、冴えないオッさんだ。何を努力すればいいのか、よくわからないが、七十を過ぎても気持ちの若い母を見ると、ほっとする。
母の身近にも、『嵐』の櫻井翔さんみたいなカッコいいボーイフレンドがいればよい。ほんとうは、いるのか、いないのか。プライベートなことなので聞かないが、息子として親に願うのは、楽しい時間を、一日でも多く過ごしていてほしいことだ。
年末年始、ということもあって、テレビは歌のほかに、お笑い番組が多かった。
そのなかで、お笑いのコンビ『ナインティナイン』の岡村隆史さんが、『EXILE』のコンサートステージの、バックで踊るためにレッスンしているのがおかしかった。『EXILE』は、若者に人気のダンスとボーカルのグルーブだ。
バックにはちびっ子ダンサーもいる。そこに交じり、本気になって手と足をすばやく動かす岡村隆史さんがおかしい。息を切らしそうなのが、なんとなくわかる。たしかぼくと三つしか違わないはずだが、よくがんばる。
本番のステージでは『EXILE』のメンバーの迷惑そうなようすは気にせず、岡村さんは引っ込んでいるあいだに髪を剃り、ボーカルのATSUSHIさんの恰好で出てきて、かってに並んで歌まねをはじめた。しまいには本人からマイクを奪う。
あそこまで暴走してしまうのは、たいした勇気だ。お笑いのプロとしてのプライドが、そうさせるのか、とちょっと感心した部分もあったが、『EXILE』さんにしてみれば、ステージを乱されるのは、やはり迷惑なのだろうな、と思う。その困ったようすも含めて、思わず笑ってしまうぼくだった。
母のアパートでの一週間は、どちらかというと、テレビを見ながら、そんなふうに、のんびりと過ごしていた。
母は七十歳をすぎたが、張り合いをみつけて、日々を送っている。
生きていれば、つらいことが次々とやってきて、耐え難い、と思うことは、だれにでもあるはずだ。外から見えないところで、それぞれ何かを抱えている。それが、人の営みなのかもしれない。その荷物の重さを、いくら気にしたところで、それはなくなるものではない。
どうせなら、少しでも明るい方を向いて、生きていく道を歩みたい。楽しい気分になる何かを、たくさんみつけていきたい。母を見ていて、そう思った。
「『嵐』の翔くんかあ」
こんど母へ、でっかいポスターでも送ってやろうかと思ったが、よけいなものと、叱られるだろうか…。
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