2010年2月 9日 (火)

まけるもんか…

 静かな朝だった。風の音もなく、きょうはカラスの鳴き声もきこえない。

 陽の光が、南向きのベランダの窓から差し込み、眩しかった。

 起床時の介助の用がすんでヘルパーさんが帰ると、ぼくは部屋でひとり、パソコンへ向かう。

 手指がうまく動かないぼくは、割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かしながら、キーをを押していく。

 長くやると、全身の筋肉の緊張が強くなるし、あたまをふりつづけるので、くらくらしてくるから、途中でなんどかパソコンから離れて、布団に横たわる。

 からだのまひは、両手、両足、口と、全身に及ぶ。動かすつもりがないのに、自分の手足が、かってに動きだしたりする。

 だいぶ前、電動車いすで人が込んでいる店にいたとき、下へおりていた右腕が、びっくりしたはずみにジョキ~ンと伸び、いきなり上へあがった。ちょうどそばで、品物をみていた女の子のスカートへ、あやうくひっかかるところだった。ジロッとにらまれ、ぼくは冷や汗をかきながら、

「ど、どうも、す、すみません…」

 あ~、生きた心地がしなかった。

 けれども、そんなふうになるのを気にしていたら、外へは出られなくなる。それよりも、この脳性まひ、という運動神経の障害について、ひとりでも多くの人に、正しい知識をもってもらえるよう、努力をすることだ。

 気をつけるにも、自分だけでは限界がある。まわりの人も半分は理解した上で気をつけて、そばを通ってほしいのだ。どんな障害や難病の人も、半分はまわりの人に気をつけてほしいことがあるはずだ。

 ぼくも微力ながら努力をしていきたい、と思う。まずは、その活動ができる文章力をつけていくために、あいた時間に勉強をつづけていく。

 ここまでよくがんばった、とひとり呟く。

 お気に入りの音楽を流して、布団に横たわる。

 きょうはなんとなく〈いきものがかり〉の曲を選んだ。〈いきものがかり〉は、三人の音楽グループだ。

  冬が終わり 雪が溶けて

  君の心に 春が舞い込む

〈花は桜 君は美し〉という歌のフレーズである。ボーカルの吉岡聖恵さんのやさしい歌声に、胸の奥底にある哀しみ、寂しさが癒されていく。

 ぼくの心に、春が、舞い込んだ…。

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2010年2月 5日 (金)

春は名のみの 風の寒さや~

  春は名のみの 風の寒さや~

 養護学校の教室で、歌っていた記憶がかすかにある。四十二歳のぼくが、小学生、中学生のときだから、もうかなりむかしだ。

「暦の上では、もう立春なんだけど、外は寒いです」

 訪問のヘルパーさんが、ちぢこまってふるえながら、玄関から入ってくる。ここ二、三日、だれもが、口にしていた。

 早春賦の歌のフレーズではないけれど、寒い時期、早く暖かい春が来てほしいという思いも、むかしもいまも、変わっていなかったりするんだな、とあらためて思う。

 平成二十二年二月五日、長町南(仙台市)のぼくのアパートの部屋は、朝から陽の光が差していた。窓の外は、青空が広がってはいるが、けさの気温はマイナス六度と、夕べみたテレビの天気予報で言っていた。

 午前中は、部屋でパソコンに向かう。

 割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かしながらキーを打っていると、玄関のドアをノックする音がした。時計をみると、十時になっていた。

 きょうは金曜日で、昼のヘルパーさんがみえるころだ。すると、

「○○事業所の○○です。よろしくお願いします」

 パワーのみなぎる声がした。

「あ、○○さんだ」

 四十代の主婦のヘルパーさんである。いつだったか、ぼくはその元気さがちょっぴりうらやましい、と思ったときがあり、

「○○さんは、いつも元気で、いいですね」

 にっこりしながら、そのみなもとは、なんですか、みたいに聞いたことがあった。すると、

「あたし、ちょっと耳が遠いんで、自分の声がデッカくなっちゃうんです。ほんとに、ど~しましょぉ~」

 と笑っていた。ぼくは、

「あぁ、そうだったですか…」

 けれど、このヘルパーさんの元気な声には柔らかさがあって、むしろまわりの人をも元気に明るくしてくれる。

 いつも元気そうな声の主婦のヘルパーさんについてもらいながら、電動車いすで用足しに出かけた。

「ひょえ~、この寒さはなに~。尾崎さ~ん、だいじょ~ぶ~?」

 暖房の入った部屋から外へ出ると、冷たい空気が身にしみるようだった。涙と鼻水もたれてきて、そのたびにティッシュで拭いてもらった。

 車の行き交う道のはしっこを、電動車いすで進んでいく。家々や建物の日陰に、積もった雪が、少し残っていた。

 向こうから見覚えのある人が、荷を運ぶ車を押しながら歩いてくる。道ばたや店で会うと、いつも声をかけてくれる、八十ぐらいの女の人だった。

「あら~、あんだ、ひさしぶりだごどぉ~。元気だったの。ずっとみねがら、おばちゃん心配してだんだよ。どこさ行ぐどころなの?」

「ちょっと、銀行へ…」

「あら~、そうなの。風邪ひかないように気ぃつけて、いってございね」

「はい」

 ぼくもにっこりうなずいた。近くに住んでいるらしい。

 体に障害があるけれど、いろんな人が、いろんなかたちで、支えてくれている。そのことが、身にしみるようで、うれしかった。

 かすかな風さえ冷たかったりするけれど、胸のなかに、あったかいものが、じんわりひろがった…。

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2010年2月 1日 (月)

がんばろ…

 弱い陽ざしがだんだんと、アパートの南向きのベランダの窓から、入り込んでくる。

 八畳の部屋の中ほどに、ヘルパーさんが座卓を置く。納豆ごはん、焼き魚、卵焼き、味噌汁、それからポンカンがきょうの朝食だ。ぼくは、四つん這いで移動し、正座する。

 ヘルパーさんは横に坐って箸でつまみ、ぼくの口へ入れていく。

 運動神経の障害で、かってに動こうとする右うでを、左手でなんとか押さえようと、ぼくはそちらに気をとられていた。すると、

「この女の子、だれ?」

 わきにすわって介助をしていたヘルパーさんが、ぽつりと言った。いつもみている朝の情報番組「めざましテレビ」に、外国人の女性ギタリストが出ていた。ぼくはモグモグしながら、

「たしか、マイケルジャクソンのバックで、ギター弾いてたひとだよ。ぼくもあんまりよくわからないけど、ここんとこ、よく出てるみたい。オリアンティっていったかな」

「あ~、あのギターのうまいコね。このコ、かわいいね」

 と笑みを浮かべていたのは、めがねをかけた五十代の、やせた男のヘルパーさんだった。

 やせためがねのヘルパーさんは、調理や片づけをしながら、ハミングする。いつごろだったか、よく耳にしたフレーズがある。

「た~った今、恋をしそぉ~♪」

 ぼくは、首をかしげていた。

 どこかで聴いた歌だ、と思った。

 恋でも、してるのかな。それとも、青春時代を思い出しているのだろうか。よくわからないけれど、そっとしてあげよう…。

 聴いていないふりをしながら、耳をすます。少し調子っぱずれだが、楽しげだった。

「た~った今、恋をしそぉ~♪」

 話を戻す。ギタリストのオリアンティさんも、演奏している姿がカッコよく、いかにも楽しげだ。エレキギターだろうか、ぼくはハードロックはあまりわからないが、彼女が弾くと、その音が心地よく響いてくる気がした。

 やるからには、楽しもう、と心に決める。

 それが人から人へ伝わるのだ。

 なんだって、おんなじだ。

 そう思ったら、なんだか、やる気がわいてきた…。

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2010年1月28日 (木)

冬の陽ざし

 冷たい空気が強い風となって、容赦なく吹きつけてくる。飛ばされてきたゴミが、道のあちこちであおられ、舞いあがる。

 ぼくのいる長町南(仙台市)のアパートのあたりは、このところ、風の強い日が多かった。けれどもきのうは、めずらしく、おだやかな日だった。

 電動車いすの斜め後ろを歩いてついてきていたヘルパーさんは、長い髪のほっそりした二十歳過ぎの娘さんだった。

「きょうは、あったかくなって、よかったですね」

 ぼくはうなずいて、

「ここんとこ、風が強かったんで、出かけるの、たいへんだったんです。寒いといっぱい着込まなきゃならないから、ひっかかって、電動車いすの操作も、やりづらくなるし…。でも、きょうは、晴れてよかったです」

 青い空に雲が浮かんで、ゆっくり流れていた。

 平成二十二年一月二十七日の午後、床屋と買い物の用があって、ザ・モール仙台長町のショッピングセンターへ出かけた。

 冬の陽ざしがふりそそぐなかを、家々やアパートの並ぶ道を抜け、田んぼの道を通り、交差点で信号を待つ。電動車いすでとまっていると、

「尾崎さん、なんか、あたまの後ろのへん、あっつくなってきませんか」

「そういえば、ポカポカしてきたみたいな…」

「あたしのあたまも、さっきからポカポカしてきたなぁと思って、ハハハ」

 外は思ったより陽ざしが温かだ。

 電動車いすでアパートから十数分で、ザ・モール仙台長町のショッピングセンターに着く。千円で髪を刈ってもらえる床屋がその三階にある。いつも利用している「QBハウス」という店だ。

 鏡の前へ電動車いすをすすめる。

「髪型は、どんな感じで…」

 理容師さんにたずねられ、

「スポーツ刈りの、いちばん短いので」

 運動神経の障害で、手足がときどき、かってに動いてしまう。言葉も、なかなか思うように話せないときもあり、なれた人でないと、ぼくの言葉がうまく聞きとれないこともある。けれども、ここの理容師さんたちは、いつも落ちついて聞いてくれる、その心づかいがうれしかった。

「いちばん、短いので…。わかりました」

 天井のスピーカーから流れているのは、あまり聴いたことのない西洋の歌だった。髪を刈るバリカンと、その曲の音のリズムが耳に心地よかった。いつのまにか、うとうとしていると、

「こんな感じで、よろしいでしょうか」

 理容師さんが鏡をもって、ぼくのあたまの後ろを、正面の鏡に映してくれていた。ハッと目が覚め、

「はい、どうもありがとうございます」

 ほんの十分で終わり、理容師さんにおじぎして、店を出た。

 少し眠気があったので、行きつけの喫茶店へ入り、アイスコーヒーを頼んだ。

 アイスコーヒーのグラスを、ヘルパーさんに口元へもってきてもらい、ストローですすると、だんだん目が覚めてきた。

 ヘルパーさんも、ぼくにつきあって紅茶を飲み、笑みを浮かべ、

「あ~、生き返った…」

 たぶん、このヘルパーさんも、何人もの利用者さん宅を休みなくまわり、ときには食事もとれない忙しさだったりするのだろう、と思う。介護の現場はどこも、人手が足りなくて困っていると、あちらこちらでよく耳にする。

「尾崎さんは朝って、すぐ目覚めるほう? あたしはなかなか起きれなくて…」

「ぼくもからだは午前中が調子いいんだけど、あたまは逆にぼうっとしているかな。夜になってくると、体のコントロールは朝よりきかなくなるけど、あたまのほうは調子よかったりする、みたいな」

「じゃあ尾崎さんは、上と下が、バラバラって感じ…」

「そう、ね」

「それも、たいへんね…」

 ショッピングセンターの建物を出ると、陽はいくぶん傾き、かすかな風が吹いていた。

「じゃあ尾崎さんは、上と下が、バラバラって感じ…」

「そう、ね」

 そのときは気づかなかったが、そのやりとりを、あとでふり返るとおかしくて、ひとりで吹き出した。あたまもさっぱりし、気分も、軽くなった気がした。

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2010年1月23日 (土)

ヤマトナデシコ七変化

 部屋とキッチンの仕切り戸のガラスが、急にガタガタ鳴る。そしてぴたりと止んで、しばらくすると、また鳴る。鳴りだすと、けっこう、うるさいくらいだ。

 ぼくのいる長町南(仙台市)のアパートのあたりは、ここのところ、風が吹き荒れていた。玄関の外に置いてある電動車いすのカバーが、あおられて、はためく音がしていた。部屋の仕切り戸にはめられているガラスが鳴るのも、この風のせいなのだ。

 けれども、その鳴りかたが半端ではなかったりするから、訪問しているヘルパーさんによっては、どきっとするらしい。

 いつだったか、三十代の色の黒い男のヘルパーさんが、

「このガラス戸、なんか、ポルターガイストみたいな感じで鳴りますね。この部屋に、なんか、いるんじゃないですか?」

 がっしりした体でふるえながら、しきりに「こわいです」をくり返していた。ぎょろっとした目をパチパチしている彼のようすは、いかにもひょうきんだ。込み上げてくるものをこらえながら、

「ぼくはずっと、ここにいるけど、なんにも感じませんよ」

「じゃあ、わたしが原因なんでしょうか…」

「まあ、そういうことも、ないとも言えませんね…」

 すまし込んで、言ってやった。

 ぼくが彼に合わせているのか、それとも彼がぼくに合わせているのか、しまいには、なんだかわからなくなってくる。が、日ごろの雑事で、いつのまにか固まったぼくのあたまを、やわらかくほぐしてくれる。彼にはそんな才のようなものがあるように感じるときがある。

 夕べテレビでやっていたドラマの中にも、興奮するとポルターガイストを起こす女の子が出ていた。「ヤマトナデシコ七変化」というマンガ本をドラマ化したものらしい。

 その女の子は、黒いマントのようなものをまとって、顔も隠している。長い髪はバサバサで、いっとき流行ったホラー映画の貞子の雰囲気だ。

 寝ている場所も、体のしくみの勉強に使う人体模型や、骸骨の模型が置かれていて、夜は不気味な雰囲気が漂う。特に人体模型は、悩みごとがあれば、いつも聞いてもらう、唯一の心をゆるせる友なのらしい。

 どうしてふつうの女の子が、そうなったのか。三、四年前、高校生か、中学生のときかはっきりわからないが、すきだった男の子に思いきって告白し、ふられたショックが大きかったのが原因らしい。いまのところ、そこまでしかわからないが、このドラマはコミカルなやりとりやシーンがたくさんあり、何も考えないで、笑ってみていられるところがいい。

 トヨタ自動車のこども店長のCMでなじみの加藤清司郎くんも、このドラマの中で、なかなかいい演技をしていた。KAT-TUNの亀梨和也さんとのやりとりがおかしくて、思わずハマってしまった。この先どうなっていくのか、楽しみにできるドラマを、またひとつみつけた。

 一晩あけた。空はくもっていたが、朝にうす陽がもれていた。風も止んで、部屋の仕切り戸のガラスも、音がぴたりと止んでいる。

 座布団に正座して、ぼくはパソコンに向かっていた。手指がうまく使えないので、割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かし、キーを打つ。少し一息ついて、時計をみると、いつのまにか夕方の五時半を過ぎている。

「きょうは、静かな日だった」

 おかげで、作業がはかどったが、ちょっとくたびれた。少し頭を切りかえよう。

「なにかおもしろいのはないか」

 そう思って、きょうも、テレビの番組表を、じっとみつめるぼくだった。

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2010年1月19日 (火)

AKB48って、なに?!

 陽の光が、レースのカーテン越しに、窓から入り込む。ベランダに干してもらった洗濯物が、風に揺れている。

 平成二十二年一月十九日、天気予報は、晴れだった。ぼくのいる長町南(仙台市)のアパートの窓からも、朝から青空がひろがっているのがみえ、すがすがしい気分だった。

 着替え、歯磨き、洗面、ひげ剃り、その介助が終わり、次は家事で、ヘルパーさんに調理の指示を出す。

「食器棚の下の扉に、うーめんがあるんで、それ、使ってもらえますか」

「わかりました。それではさっそく作らせていただきます」

 今朝は、五十代の主婦のヘルパーさんで、焼いたシャケ、それにポテトサラダ、野菜の煮物などを作ってくれた。

「味の濃さは、どうですか」

「ちょうど、いいです。ありがとうございます」

 そのときみていたテレビは、「めざましテレビ」という情報番組だった。

 きょうは、女の子ばかりがたくさん、踊っているみたいな映像が流れていた。「モーニング娘。」か、と思ったが、よくみると、ちがうようだ。似たような女性のアイドルグループだが、「AKB48」という名らしい。

 ご飯を箸で運んでもらい、口をパクパクしていると、その介助をしてくれていた主婦のヘルパーさんがにっこりしながら、

「このおねえちゃんたちも、入れ替わりがあるんでしょうね」

 そうかもしれませんね、とぼくはうなずいた。

 歌って、踊って、憂うつな気分を吹っ飛ばせ。そんな雰囲気が伝わってくる。 

 ファンの何人かがインタビューを受けていた。そのなかには四十一歳という、ぼくと年が一つしかちがわない男性もいて、ちょっとおどろいた。こちらは、「AKB48」のメンバーの名前どころか、顔もよくわからない、ということもあった。けれども、四十一歳のファンの男性は、

「『AKB48』、○○ちゃん、かわいいです…」

 そういって、うれしそうにしていた。ふだん、やるべきことをきちんとしているなら、ぼくはちっともおかしいなどとは思わない。

 一つでもしばしほかのことを忘れて夢中になれる、そんな楽しみをみつけている人は、あすへの活力がある。いくつになっても輝いていられる、心の自由な人なんだ。

 ぼくも、なにか一つみつけたい。いくつになっても、そんなふうに輝いていたい。そんなことを思った、朝のひとときだった。

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2010年1月16日 (土)

きょうの寒さは、尋常じゃないですから ハハハ

 朝の六時半、起床介助にみえたヘルパーさんに、布団をはがしてもらったとたん、

「さ、寒い…」

 いつもならそれまでは、だいぶ部屋が暖まっているはずである。

 石油ファンヒーターがその三十分前からつくよう、いつもタイマーをセットしている。それでも、きょうの朝の冷え込みは、半端ではなかったようだ。

 めがねをかけた四十すぎの男のヘルパーさんが、ファンヒーターに手をかざしながら、

「わだしの手、冷たいんで、ちょっと待っててくださいね。このまま触れると、尾崎さん、飛び上がるから。きょうの寒さは、尋常じゃないですから、ハハハハ」

 外は、思わず笑ってしまうくらいの寒さらしい。

「たしかに寒いですね。そうだ、ヒーターの温度、少し、強めにしてもらえます」

「あ、このボタンですね」

 二日前に用があって、電動車いすで出かけたとき、粉雪がちらちら舞って、外はしばらくいるとふるえるような空気の冷たさだったが、その日よりも、今朝はさらに冷えたかもしれない。

 平成二十二年一月十六日、暦の上では、もう少しで大寒だ。

 着替え、歯磨き、洗面、そして七時半ぐらいに朝食になるころ、ようやく、あったかくなってきた。朝食のときはいつも、「めざましテレビ」という情報番組をみていることが多い。きょうは土曜日なので「めざましどようび」だった。

 天気予報はたしか、晴れかくもり、と出ていた。

 窓のカーテンを開けてもらう。青い空がひろがってみえたが、ぼくのいる長町南(仙台市)の気温はプラス二度までしかあがらないらしい。

 この時季は電動車いすで散歩といっても、介助の人がいないとたいへんなことになる。ぼくには冷たい空気に触れると、涙や鼻水、咳が出るといった症状があるからだ。

 ハンカチを手にしばってもらっても、そのときの調子によって、ねらったところへうまく手がいかない。ときには自分の顔面をなぐってしまうこともある。そうしようと思うわけではない。運動神経の障害で、かってに力が入って、思わぬほうへ動いてしまうのだ。

 早く、あったかくならないかな、と思う。

 電動車いすで、気持ちよく散歩できるのは、あと二か月以上、先だろう。

 エアコンの暖房を入れた部屋で、ぼくは正座でパソコンに向かっていた。割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、キーボードのキーを押す。

 家計の管理、メールで連絡など。

 あたまを動かしながら、夢中でやっていると、あっという間に時が過ぎる。

 いつのまにか、時計は夕方の五時半が過ぎた。

 こんばんは、あったかいものが食べたいな。

 ヘルパーさんに伝えた。

 いま、夕飯の準備をしてもらっている…。

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2010年1月12日 (火)

コード・ブルー ドクターヘリ

 ふと独りになりたくて、だれもいない病院の外へ出る。遠い景色をみつめながら、ぽつりと呟く。

「愛や勇気じゃ、患者は救えない。医療の現場に、奇跡はない…」

 急患が次々と押し寄せるなかでメスを握り続け、救えなかった命がある。心を痛めながら、いつもどこかで、奇跡を願っている若い医師の姿があった。演じているのは、ジャニーズの山下智久さんだ。

 重症のけが人、一刻を争う急患がいれば、医師や看護師がヘリコプターで飛んでいって、救命をおこなう。そのための配備も考慮するよう、全国的にすすめる、という動きがあるらしい。

 その設備のある救命救急病院での研修で、若い医師たちがもまれながら、成長していく姿を描いたドラマ「コードブルー」の続編が、きのうの夜にはじまった。

 その朝の食事のとき、ヘルパーさんに箸でご飯を運んでもらい、口をパクパクしながら、ぼくはテレビをみていた。「めざましテレビ」という情報番組だ。それに山下智久さんと新垣結衣さんが出演、このドラマのPRをしていた。

「そうだった。こんど、月9で、また、やるんだった」

 その「めざましテレビ」をみていたおかげで、ぼくも、夕べは見逃さずにすんだ。

 風呂上がり、缶コーラーをヘルパーさんに冷蔵庫から出してテーブルにおいてもらう。ストローですすりながら、すわってテレビをみていると、ちょうど始まった。

 医療の現場の厳しさを思いながら、前回、見入っていたドラマである。

 医師や看護師が、目まぐるしく動きまわる。こんなにも、体や神経を集中していなければならない職業は、ぼくだったらすぐに音をあげてしまうだろう。

 ヘリコプターを使った医療を学ぶ若い医師たちは、厳しい現場で、どんなふうに成長していくだろう。

 演じている山下智久さんも、新垣結衣さんも、戸田恵梨香さんも、前回より、表情がいくぶんきりっとしている。浅利陽介さん演じる医師は、三人よりは知識と技術がちょっと劣って、引け目を感じている素振りがみえていたが、なんだか今回はひげを生やしはじめた。

 いずれにしても、前回からどのぐらいたつところから始まっているのか、数ヶ月の時の流れと、その間に何があったかを、それぞれの素振りや雰囲気から、なんとなく想像させられる。

 余命わずかと診断された若い男の人が、電動車いすで四十分かけて、救急の病院で看護師さんをしている恋人に会いに来る、というシーンもある。

 それをみながら、なんとなく思った。ぼくたちのまわりは、まだまだいろんな人がいるはずだ。

 車いすの高齢者や、知的障害の人も、ぼくみたいな体にまひのある人も、俳優さんが演じて、ふつうのドラマで喫茶店のはじっこにいたりしても、いいのになぁと思ったりしていた。主演やヒロインの行動範囲の中に、ちょっと出てきても、おかしくないはずだ。

 よく店や電車の中に車いすでいると、

「なんで、こんな人が、こんなところにいるの」

 という目でみたり、いろいろ言ってくる人も少なくなく、ショックだった、という、体に障害のある仲間の話を、あちこちで聞いたりもする。

 ドラマだって、考えてみるとそうだし、天気予報で映る街の風景に、車いすの人がいるのをみたことがないのは、たまたまなのだろうか。

 障害のある人はあんまり街へ出ない、ということなのか。それとも、何か理由があって、カメラに入らないようにしているのか。ぼくのなかで、長いあいだくすぶっている、ひとつの疑問でもあった。

 電動車いすで、四十分かけて恋人に会いに行く難病の若者も、主人公とか押しつけみたいになるのではなく、脇役としてさらりと出てくる。そのところもぼくには快く思えた。

 あと何回会えるのかと、二人で涙する場面があり、ぼくには縁のないシーンだな…、と思ったが、みているうち、なんだか目頭が熱くなってきた。

 いろんな人が、いろんなところにいて、あたりまえ。そんなふうなドラマが、もっと多くなってほしい。

 さて、ヘリコプターを取り入れるのは救命医療の新たな試みであるが、その現場で若い医師たちが成長していく姿をみるのが楽しみだ…。

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2010年1月10日 (日)

正月過ぎて

 年が明けたと思っていたら、もう十日、早いものだ。

 たぶん、一年のうちで、いちばん寒い時季に入ったのかもしれない。けれども、家々の屋根も、地面も雪はなく、枝や幹がむき出しの木が、ところどころにあるだけである。

 玄関から電動車いすに乗せてもらって、外へ出るたび、そんな風景を見ながら呟く。

「正月過ぎた気がしないなぁ」

 長町南(仙台市)のアパートで、居宅介護サービスを利用し暮らし始めてから、三度目の冬である。同じ県内でもこれまでは、山とか田舎といった、標高のわりあい高いところで冬を過ごしていたので、雪があるのがふつう、という感覚があった。

 朝から青空が広がり、白い雲がゆっくりかたちを変えて流れていく。部屋の窓から眺めながら、

「きょうも、一日、いい天気になりそうだ」

 昼にちょっとのあいだ、用足しに外へ出た。ひょろりとした若い男のヘルパーさんについてきてもらいながら、車の行き交う道ばたを、電動車いすで行く。陽ざしはあるが、さすがに空気が冷たかった。

 ビニールや紙くずが、あちらこちら、風にあおられている。ときどきカラスが鳴いていた。このあたりは冬になると、風が吹きあれる。ゴミの集積所には網がかかっているが、ゴミ袋をカラスがつついて穴を開け、中身が出て、風で舞いあがったのかもしれない。

 いずれにしても、いまがいちばん、寒い時季にあたる。

 昨年の末あたり、身近なところでも、新型インフルエンザにかかって、とてもつらかったと話を聞いていた。

「そうだ、ぼくも、ワクチンを打ってもらったほうが、いいかもしれないな」

 けれど、その数は限られていて、優先順位があることをテレビや新聞で見聞きしていた。はじめは、医療関係者、基礎疾患のある人など、ネットで調べてみると、ぼくは当てはまっていない。

 おととい、かかりつけの町の診療所へ、いつも飲んでいる薬をもらいに行ったとき、先生にたずねてみると、資料をひろげて、指さしながら教えてくれた。ぼくの場合は、基礎疾患がないので、いまのようすでワクチンが打てるとしたら、二月の半ばを過ぎてからになるらしい。

「けれど、在庫が余ってきているみたいなんで、もしかすると、それよりは早く打てると思います。尾崎さんも、テレビ新聞、みててください…」

「はい」

 いつもやさしそうな笑みを浮かべながら、ぼくにペースを合わせて静かに教えてくれる先生である。それで、新型インフルエンザの予防注射の時期も、少しはっきりした。

 あとはさしあたって、いまのところ忘れてはならないのは、いくつかある支払いと役所への連絡の用ぐらいだ。

 きょうは日曜日か。何かしようとするだけでも、体じゅうにつよい力が入って、そのまま抜けなくなるときがあるのは、脳性まひ、という運動神経の障害があるからだ。

 体がつらくなってきたときは、音楽を流し、布団に横たわるのが、ぼくにとっていちばんのリラックス法である。〈柴田淳〉〈いきものがかり〉、どれにしようか迷ったが、しばらく聴いていなかった〈いきものがかり〉の歌に決めた。お気に入りの曲を流しながら、少しゆっくり過ごそう、と思った。

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2010年1月 6日 (水)

嵐の櫻井翔くん?!

 アパートにみえるヘルパーさんに、

「どうでした。ゆっくりしてこられました」

 実家でのようすを聞かれ、

「たまにはのんびりできて、いいですね」

 車で三十分ぐらいの幸町(仙台市宮城野区)というところに、ひとり暮らしをしている母のアパートがある。

 母が父と別れたのは、いま四十二のぼくが、まだ五歳になるか、ならないかのころだ。それから七十歳すぎた今まで、ずっとひとりでいる。寅年の生まれなので、今年は年女になるのだろうか。

 去年の暮れに帰省し、昨日までの一週間、そこでゆっくり過ごした。

 運動神経の障害で、手指がうまく使えないぼくは、本を読むのにブックスタンドを使う。こたつに入って、本のページを鼻やあごでめくっていると、母はいつのまにか壁に向かって、呟いている。

「翔くん、カッコいい」

 いつも気がつくと、母はそれを眺めてにっこりしていたりするが、ぼくは耳だけ傾けて、聞いていないふりをする。

 その物陰に貼ってあるのは、雑誌から切り抜いた『嵐』の櫻井翔さんの写真だ。歌って踊れるアイドルグループ、ジャニーズのメンバーである。

 はじめは、首をかしげたが、

「だって、翔くん、すきなんだもん」

 母のにっこりしているようすに、なるほど、そうなのかと、貼ってあるわけを理解した。

 だったら、もっとでっかいポスターにすればいいのに、と思う。すると母は、客が来たら、恥ずかしいという。けれどぼくは、ちっともおかしいとは思わない。人は人、自分は自分、それがわからない人が、いろいろ言ってくることがあっても、そういうときは流せばいいと思うが…。

 いつだったか、母が夢中になっているテレビをいっしょにみていた。若い男の二人組が歌っているのだが、なんというのか、ぼくにはわからなかった。すると母は、

「なんだ、知らないの。『テゴマス』だっちゃ」

「テゴマスって、何…」

 誰でも知っているアイドルの二人組『テゴマス』もわからない、文化程度の低い息子だと呆れていたが、教えてくれた。

 テゴマスの二人組は、どちらもジャニーズのメンバーだという。

「んだぁ。カッコいいべぇ。しんやは、それなりでも、あきらめないで、少し努力はしないと、ダメだ」

「はぁ…」

 ぼくは四十二の、冴えないオッさんだ。何を努力すればいいのか、よくわからないが、七十を過ぎても気持ちの若い母を見ると、ほっとする。

 母の身近にも、『嵐』の櫻井翔さんみたいなカッコいいボーイフレンドがいればよい。ほんとうは、いるのか、いないのか。プライベートなことなので聞かないが、息子として親に願うのは、楽しい時間を、一日でも多く過ごしていてほしいことだ。

 年末年始、ということもあって、テレビは歌のほかに、お笑い番組が多かった。

 そのなかで、お笑いのコンビ『ナインティナイン』の岡村隆史さんが、『EXILE』のコンサートステージの、バックで踊るためにレッスンしているのがおかしかった。『EXILE』は、若者に人気のダンスとボーカルのグルーブだ。

 バックにはちびっ子ダンサーもいる。そこに交じり、本気になって手と足をすばやく動かす岡村隆史さんがおかしい。息を切らしそうなのが、なんとなくわかる。たしかぼくと三つしか違わないはずだが、よくがんばる。

 本番のステージでは『EXILE』のメンバーの迷惑そうなようすは気にせず、岡村さんは引っ込んでいるあいだに髪を剃り、ボーカルのATSUSHIさんの恰好で出てきて、かってに並んで歌まねをはじめた。しまいには本人からマイクを奪う。

 あそこまで暴走してしまうのは、たいした勇気だ。お笑いのプロとしてのプライドが、そうさせるのか、とちょっと感心した部分もあったが、『EXILE』さんにしてみれば、ステージを乱されるのは、やはり迷惑なのだろうな、と思う。その困ったようすも含めて、思わず笑ってしまうぼくだった。

 母のアパートでの一週間は、どちらかというと、テレビを見ながら、そんなふうに、のんびりと過ごしていた。

 母は七十歳をすぎたが、張り合いをみつけて、日々を送っている。

 生きていれば、つらいことが次々とやってきて、耐え難い、と思うことは、だれにでもあるはずだ。外から見えないところで、それぞれ何かを抱えている。それが、人の営みなのかもしれない。その荷物の重さを、いくら気にしたところで、それはなくなるものではない。

 どうせなら、少しでも明るい方を向いて、生きていく道を歩みたい。楽しい気分になる何かを、たくさんみつけていきたい。母を見ていて、そう思った。

「『嵐』の翔くんかあ」

 こんど母へ、でっかいポスターでも送ってやろうかと思ったが、よけいなものと、叱られるだろうか…。

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