2012年5月25日 (金)

電動車いすでお散歩

 電動車いすで歩道を進んでいく。店やビルが流れていく。長町南(仙台市)の大通りを、多くの車が行き交っていた。けやき並木の若葉がきらめいている。上着は着せてもらわず、ポロシャツのままだった。このところからすれば、外は肌寒いかと思ったものの、吹いてくる風も温かで、汗ばむぐらいだった。
 青い空に、雲がゆっくり流れる。気温は二十三度ぐらいはなっていたろう。すれ違う人の服装も、半袖やスカートが多かった。街路樹の影で電動車いすをとめ、ひと息つく。
──あぁ、初夏だ…。
 この長町南の地域で、ぼくは暮らす。運動神経に関わる障害があり、手足があまりいうこときかない。舌がもつれ、言葉がはっきりしない。二、三時間おきにヘルパーさんがアパートにみえる。その訪問介護サービスを継続して受けるための手続きが年に一度あり、その用で区役所へ向かっていたのだった。
 昼前みえていたヘルパーさんが帰る十二時半ごろ、玄関から外の電動車いすへ乗り移らせてもらった。手が利かなくても連絡が受けられるよう、携帯電話にヘッドホンマイクをつなげ、耳へセットしてもらう。介助をしてくれていたのは、四十代の小太りの主婦のヘルパーさんだった。
「それじゃ、尾崎さん、気をつけて…」
 にっこりうなずいて、玄関前で別れた。
 次にヘルパーさんがみえるのは午後二時半だから、それまでに戻ってこれば、中へ入れてもらえる。
 区役所までは、安全な道を通って十二、三分だろうか。
 ときたまテレビをつけると、東京スカイツリーが完成し、それで盛りあがっている。エレベーターも高速で、すぐに上がれるという。
「いちど、のぼってみるといいですよ」
 よく言われるけれど、想像しただけで、身がすくむ。そのたび、
「え、えんりょしときます」
 要するに、行き交う車よりも、高いところが、ぼくにとってはこわいのだった。いずれにせよ、田んぼのわきは通らねばならないので、落下防止柵のある道を選び、そこはおそるおそる進む。
 区役所に着き、エレベーターのボタンをひじで、ふるえながら押す。二、三度関係ないところへかってに動き、ひじをぶつけてしまったが、ようやくボタンに命中した。
 三階で降りる。担当窓口へ進む。
「あのう、介護サービスの書類、代筆で書いてもらったんですけど、わからないところがあるので、みていただけますか」
「かしこまりました」
 電動車いすのわきのポケットから出してもらう。職員さんはそれを机において、記載もれがないかひととおりチェックし、
「これでだいじょぶですね」
 おわったぁ。ほっとして、職員さんに礼を言い、区役所の建物を出る。
──案外、早かった…。
 次のヘルパーさんがアパートにみえるまでは時間があった。ぶらぶらすることにした。
 ザ・モール仙台長町というショッピングセンターがそばにある。そこでファッション売り場を眺めて回った。半袖のTシャツや夏服だった。この時季、あたりまえか。夏物はじゅうぶんにある。買わずに眺めるだけで、そこを離れた。
 帰り道、横断歩道の前でとまる。
「おひとりで、だいじょぶですか」
 ふり向くと、六十年配の女の人が、やさしい笑みをたたえていた。うなずいて、
「あ…、ありがとうございます。ぼくはだいじょうぶです」
「そうですか。お気をつけて」
 街を行けば、心ない言葉も、耳に入ってくる。若いころは、いちいち気にしていたけれど、年を重ね、少しは面の皮も厚くなってきた。
──まあ、こんなもんさ。
 その反動なのだろう。たまにいい人に出会うと、優しさが身にしみる。気を張っていたのがほどけてくる。元気がもらえる。
 信号が青になった。ご婦人さんは会釈し、別れていった。ぼくも横断歩道を渡る。
 長町南の大通りは、けやき並木が続いていた。梢のあたりに、小鳥が何羽かいるようだ。響いてくるさえずりが心地よかった。歩道のわきへ寄って目をとじ、しばし耳を澄ます…。

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2012年5月17日 (木)

あたまからでも日光浴…

 街路樹のけやきが、そよいでいる。若葉が陽を浴び、きらめいていた。店やビルの建物も、光のなかにあった。車いすを押してもらいながら歩道を行く。多くの人がすれ違う。ホワイト、グリーン、ピンクなどの淡い色が、いまのファッションなのだろうか。
 この長町南(仙台市)の街も、春から初夏へ、移り変わっていく。
 平成二十四年五月十六日、朝のうちくもっていた空が、次第に晴れてきた。
 午後の一時に外出介助のヘルパーさんがみえる。長町南(仙台市)のぼくのアパートから、健常の人が歩いて十三分ほどのところにQBハウスという床屋がある。そこへ向かっていた。ザ・モール仙台長町というショッピングセンターの三階だ。車いすを押してくれていたのは、坊主頭の三十代の男のヘルパーさんだった。
「道のでこぼこも、だいぶなくなって、よかったですね」
「車いすに乗っていても、ガタガタしなくなりました。あれからもう、一年と二か月はたちましたかね…」
 このまちを襲った東日本大震災の規模は、四十年以上生きてきたぼくにとっても、予想もつかないものだった。部屋で座っていても、ゆさぶりが大きくて、布団へ倒れ込んだ。
 この街の被害も、これまでにないものだったろう。道路は波打ち、あちらこちらの建物がひび割れ、あるいは破壊された。一年と二か月過ぎたいまも、重機がうなっている。ようやく業者の手が回ってきたのか、壊している家がある。地道な復興作業が続いている。
 ショッピングモールの床屋へ着いた。
「いらっしゃいませ」
 二、三人の理容師さんが、客の髪を手早く刈っていた。ほんの十分で希望どおりにしてくれる。
「髪型は、どうされますか」
「坊主の三ミリで…」
「前のほうも三ミリでよろしいですか」
「はい」
「かしこまりました」
 車いすで行くと、いすをよけてくれるから、そのままでできる。料金も千円と安いから、ぼくは月一で利用し、三ミリにそろえてもらう。
 床屋がすんで喫茶店で一息ついているとき、介助しながらヘルパーさんがきいた。
「髪の長さ、尾崎さんとぼく、同じぐらいかな」
 キャラメルラテにのったむクリームを、手が利かないのでスプーンで運んでもらう。
──あぁ、生き返った…。
 運動神経に関わる障害で手足がかってに動く症状を抑える薬を飲んでいる。その副作用と、昼食後、という時間帯もあって、少し眠気をもよおしていたのだった。やっぱり甘いものは、脳に即、栄養が届くのだ。
 ちょっと首を傾げ、
「そうですね。ぼくのほうが、やや長いかも…」
 相手のあたまをみながら思った。
「やっぱり、ぼくのほうが、短いですよね」
 少し休んでから買い物をし、建物を出る。車いすを押しながら、
「うわぁ、もう、陽ざしがビリビリですね」
 ほんの一時間半、建物の中にいただけだった。その間さらに暑さが増したようだ。
「尾崎さん、あたま、髪みじかいから、日焼けしちゃいますよ。まあ、ぼくも、ですけど…」
 ヘルパーさんは、ところどころ、ハゲがあるらしく、そこに色をぬっているという。その苦労話を、いつだったかしていたのを思いだし、フンと笑ってしまう。車いすを押してもらいながら、隠そうとあわてた。
「けど、あの、たまにはあたまからでも日光浴、しないと…、あれ、カルシウムが不足するんでしたっけ。うつにもなりやすいって、よくいいますよね」
「…ですよね」
 気づいていないようだったので、ほっとする。
 帰り道を行く。緑や黄、ピンク、いろんな草花が、陽の光にきらめいている。街路樹から小鳥がさえずりが心地よく響いていた。歩道のでこぼこも、いつしかなくなっていた。
 七転び八起き、人生だって、似たようなものではないか。転んでは起き上がり、ただ目の前のことを、たんたんとやっていく。一歩でも進むには、それしかないのさ…。
 われに返り、うしろのヘルパーさんへ、
「それにしても、髪があんまりないと、暑いですよね」
「ですよねぇ」
 風が急に、陽ざしに照らされた三ミリの坊主頭を、心なしか強く、なでていった…。

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2012年5月10日 (木)

クックパッド

 クックパッドのサイトを眺めるのは、だいたいおなかがすいたときだ。
 スーパーで、マッシュルームが目をひいた。ふわっと白くて、まあるいかたち。横から見ると、クラゲにもみえる。キノコといえば、いつもはマイタケやシイタケ、シメジとかを選ぶ。
 このキノコは、おいしいのか。いつもとちがうのにしようとマッシュルームを買ってみた。けれど、どうやって食べるのか、わからない。それで、調理法を検索していたのだった。
──ほぉ、サラダでも、食べられるのかぁ。ほぉ、味噌汁でもいいんだぁ。ヘルパーさんみえたら、作ってもらおうかしら…。
 ぶつぶつと呟きながら、クックパッドのレシピサイトを眺める。冷蔵庫にある残った食材名を打つ。空白を入れていくつか並べて検索しても、
「こんなん、できるよ」
 みたいにずらっと並ぶ。料理にあまりくわしくないぼくは、しみじみ思う。これでヘルパーさんに指示できる。
──クックパッドは、やっぱ便利だ…。

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2012年5月 9日 (水)

五月の青空のぞく雲の下で…

 住宅の並ぶ道のはじっこを、電動車いすで進む。昼前にみえたヘルパーさんと、食材の買い出しに、近くのヤマザワスーパーへ出かけた。平成二十四年五月九日、風がほおをかすめる。広がる雲のところどころ、ちいさな青い空がのぞいていた。
 ふとこれまでを思う。運動神経に関わる障害があり、手足があまりいうこときかない。話すにも舌がもつれ、言葉がはっきりしない。長町南(仙台市)のアパートをかり、訪問介護サービスを利用しながら地域生活を送る。二、三時間おきに介助が必要となり、それにあわせ、ヘルパーさんがみえる。
 このブログを読んでくださった方に感想のメッセージをいただくたび、いつも励まされる。なかには、ぼくの力不足から、介助者は指名制というような印象になってしまったか、と反省するメッセージもたまにいただく。
 介護の現場の現実が、もっと伝わるほうがいいのか、迷うときもある。つたない文である。せめて読んでくださった方に、いくらかでも楽しんでもらいたい、という願望がある。たいへんで、がんばっているのはみんな同じ、と思うからだ。
 介助でどんな人がみえるかは、じっさいそのときになってみないとわからない。
 利用しているどの介護事業所も、人手不足で募集をかけている。けれど、なかなか集まらないようだ。いまのところ、この職業の競争率はかぎりなくゼロ、いや、マイナスいくらだろう。
 価値観やこだわり、考え、目線も人によってちがう。心に何か抱えている人もいる。ペースやテンションも合わせられる人、そうでない人、いろいろだろう。事業所も指導はしているが、それがどのぐらい伝わるか、どんなふうに伝わっているのかも、受けるほうの理解力にもよるだろう。
 電車もバスも店だって、たまにルールを守れない客もみえるだろう。競争率が低い、というのは、それに近い状況になるわけだ。介護サービス事業所は、利用者にしわ寄せがいかないよう、どこも必死なのである。
 ぼくの場合は、どうしても合わない人が続くのは体がきついから、なるべくいろんな人に来てもらうかたちにしていただいている。そのへんも、いや、同じ人がいいとか、利用者さんによっても考えがちがう。
 健常の人からも、たまに、
「働くのがつらいから、重度の障害者になりたい」
 あるいは、うらやましい、という声を聞く。
 その仕事のつらさは、人との関わりによって生じるものだろう。事故にあって、念願の寝たきりになったとして、こんどは選べない人の手が必要となるだけだ。そこに体の痛みも加わってくる。
 隣の芝生は青くみえる。ネットの誹謗、中傷だって、けっきょくそこからくるのだろう。このブログにもそういうコメントがたまにあり、削除していた。けれど、ひとつの社会とみれば、残しておくのもいいかと思うようになった。ひらきなおってから、なぜか、いままできていない。首をかしげてしまう…。
 脳性まひ、という障害をもって生まれ、いろんな人の手を借りながら、気づけば四十四年、生きてきた。
 人によって苦しみ、人によって救われる。障害のあるなしなんて、関係ない。
 みんな、ほかからはみえない苦しみを抱えていると気づく。だからこそ、お互いに手の届くちいさなしあわせを、たいせつにしあいたいものだ。
 そんなことを思いながら、スーパーの入り口に着く。
 購入するものは、あらかじめ、メモしてもらっている。店の入り口へ着くと、メモにあるとおり、カゴに入れてもらう。
「青菜は、いちばん安いので…」
「かしこまりました」
 サポートしてくれていたのは、いつも穏やかな三十代の男のヘルパーさんだった。
「尾崎さん…」
 何種類か並んでいるばあい、ぼくもそこへ行って、一緒にみながら選ぶ。
 用が済み、店を出る。
 帰り道、家々が立ち並んでいる。それぞれの庭に、赤や黄色の花が咲いていた。目の前で、虫が一匹、跳ねたようにみえた。
「あったかいって、動きやすくて、やっぱりいいですよね」
 その声に、にっこりぼくもうなずく。
 いつだったか、ヘルパーさんが、ぼそっと言っていた。
「わだし、よくカマキリ虫っていわれるんですけど、ほかの人はみんな、動物なんですよ。なんで、わだしだけ、昆虫なのか…」
 首を傾げていたので、まじまじと見る。気づかなかったけれど、
──カマキリ虫の化身?
 ぎょろっとした目のあたりがたしかに、それらしかった…。

http://www.youtube.com/watch?v=FCPcOsRRyfc

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2012年5月 5日 (土)

価格.com?!

 家電製品を購入するときは、一応、価格.comっていうサイトをチェックしてみています。
 いろんな人が、使ってみての感想をかいているので、参考になります。時間や体力のよゆうがないときは、重宝します。ただ、かいてあることが、ほんとうか、うそか、見わけるのも、むずかしい気がしますね。
 みて、さわってみて、選べれば、いちばんなんでしょうね。狭い店だと、車いすでは、なかなかむずかしいところもある。良心的な店だったらいいのですが、そうでなければ、店員さんに、
「これは、とっても、安くていいものです」
 にこにこ顔で、在庫がありあまっている、つまり売りたいだけの商品をすすめられてしまうこともあるかもしれません。
 雑誌をみて買うにしても、記事を書いている人が、その商品を作っている会社から金品みたいなものをもらっている、とすれば、いいことしかきません、っていうこともあるかもですね。
 新聞、雑誌、テレビ、金で動いているかもですし、あるいは世論操作だってあるかもです。
 物を買うにしても、何かを選ぶにしても…。
 そこまで疑ったら、きりがないって 笑
 この社会は金で動いている、といえば、それまでですが、見聞きした情報は、
──そうかもしれないし、そうでないかもしれない
 一歩ひいてみることは、やっぱりこういう社会では、だいじかなぁとか、なんとなく思って、いろんなものを利用しています。
 いつもとちがって、今回はちょっと、ブログでいくつか、つぶやいてみました (;^^)ヘ..

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Facebookって…

 Facebookって、おもしろいかな。
 なんとなく興味がわいて始めたのは、半年近く前だったでしょうか。
 いまだに使い方がちんぷんかんぷんです。けれど、それをとおし、お世話になった方、懐かしい方との再会も、ありました。
「○○お願いします」
──ん? ○○って何…。
 こんなぐあいです。
 Facebookの用語も設定も手探りだけれど、少しましに使えるようになったかしら…。

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Twitterのブログパーツ

 Twitterのブログパーツ、いったんはずしたけど、ちょっとしたお知らせに便利かなぁ、と思って、また貼ってみました。
 横の「つぶやき」のところです。あんぽんたんつぶやきですが、たまにみていただければうれしく思います。
 いまは便利なものが、たくさんありますね。
 携帯からのブログの更新も、やってみたことがなかったので、実家に行っているあいだ、挑戦してみました。
 けれど、割り箸をつけたサンバイザーをかぶり、頭を動かしてのぼくのやり方では、やっぱり、携帯はしんどいって感じですね。ボタンが小さくて、なかなかねらったとおりにいかないし、時間もかかりすぎで、やっぱりパソコンがいちばんだと思いました。
 きのう実家から戻りました。やっぱりパソコンで更新したいと思います。横の「つぶやき」とあわせ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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2012年5月 3日 (木)

母とのやりとり

「志田未来ちゃん結婚したら、しんや、どうすんのや?」
いっしょにコタツに入っていたら、母が聞いてきた
志田未来さんは、女の子にもてたことのない、ぼくの心のさひしさを癒してくれる、憧れの女優さんである けど、もしそうなったら、きっとそうは思えなくなるだろう
「う〜ん、そうなったら、次みつけるわ」
「そっかぁ、いまだったら、どうすんの?」
首を傾げたが、ジョーク半分、
「本田望結ちゃんにしよう しばらく結婚しないし、いいじゃん」
「んだな、〈家政婦のミタ〉に出った子役のコだべ まだ七歳だっけ、しばらく安心だしな」
どちらかといえば、子猫に癒されるような安らいだ気持ちになれるかわいらしさだ
「それでもいいのが?」
「うん」
「ほが」
「でも、いまはまだ、志田未来ちゃんだ」
言っているぼくは44歳。 ふしぎな表情を浮かべ、母はそっとみる…

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Googleは大丈夫?無料ソフト注意

Googleで検索しようとすると、文字を打つ途中から、予測候補キーワードみたいなのが並ぶけど、あれはどういう仕組みなんだろう
検索された結果が元になっているだけなら、安心なんだけど…まあGoogleは、メジャーだから、信じます
近頃は個人情報、知らないうちに集めている企業も少なくないらしいから、インチキに釣られないよう、一応対策ソフトは、
ウイルス、
スパイウエア、
フィッシング
それでも、無料のソフトを、便利だと思ってインストールすると、なんかしら、よけいな忍者みたいなスパイウエアがたまに入ってチョロチョロ動く気がした
調べると、隠れてた
ソフトでも駆除できなくて、数字と英字の羅列の並ぶなかから、手動でみつけて駆除していたけれど、面倒くさいものだった 最近は楽なやり方に気がついたけど…
できればチョロチョロパソコンの中を動き回るものは侵入させたくないものだ
気をつけねば…

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2012年5月 1日 (火)

amazonか、楽天か

「ネットで買い物すっとき、どこ利用すんの?」
母に聞かれ、
「ん、主にamazonか楽天かな」
返事しながら、そのぐらいだったか、と思う
ゴールデンウィーク中実家で読む本をネットで買い、直接実家へ届けてもらっていたからだ
「便利になったもんだな」
母はつぶやく
amazonも、楽天も、ネット上のショッピングモールみたいなものか
商品検索は、安い店順に結果表示できるけど、その際、忘れてならないのは、店の信用度チェック 星いくつで出ていたり いくつかの点を気をつければ、ほんと便利なものである
だいぶ前か、ネットの中古店で小型スピーカーを買ってみたことがあった
ホコリがついていたけれど、ヘルパーさんに磨いてもらったら、ピカピカになり、問題なく鳴ってくれた 新品だったら、高くて、ぼくには買えないと思う 内部はたぶん、接点が錆びていたりするのだろうけど、自分の住んでいる部屋で、近所迷惑にならずに、音楽を楽しみたい その条件に合うのをみつけたかったので中古屋を利用してみた
けど中古屋は、安いけど、賭けかくじ引きみたいなものなので、ひとさまにはおすすめできないとも思う…
けど勉強になってはいる
スピーカーに空いている低音出すための小さい穴、あれがうしろにあるのは、壁に音をぶつけてから、低音が前へ出る仕組みらしい
アバートに住んでいるばあい、できれば穴が前にあるもののほうが、低音がまっすぐくるので、壁の振動も少なく、いくらか音量上げて楽しめると思う
アパートでミニコンポでも購入予定の方は、ご参考まで…
いずれにしても、ネットショプで便利になったもんた…

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2012年4月30日 (月)

JSファッションだって?!

朝ごはん食べながら、テレビ眺めてたら、ファッションショーやってました ポーズとかも決まっててカッコよかった そしたら、小学生だって びっくり
でも、女の子は、5才ぐらいから、話すこと、大人だよ これまで振り返り思う
あとぼくは、こだわらないので、老若男女、いろんな人の手に支えてもらってきたけど、そのなかにもだいたいこのぐらいの子いたよ
気遣いはあるし、接遇なんかしっかりしてたし、大人のようなファッション、指輪もしてたから、大学生と思いこんで、世間話してた といっても、食べ物なら、
「すききらい、あんまりないんだけど あのぼく、バッタっていうか」
「わかった イナゴ!」
「そうそうあれだけはだめなんですよ」
とか、近所の都市伝説みたいな話も聞いた気がする
帰ってから、施設の職員に、いまの子、大丈夫だったか聞かれたんで、首かしげ、
「ぜんぜん、大丈夫だったですよ」 っていうか、施設の職員って気にするのは介助の技術のことだけ、みたいなところありましたからね

そのへんは、横の「ようこそ」「決意」のリンクをひらくと、詳しくあります
その方じゃないけど、ほかの職員さん方に逆に見習ってほしいと心で思いましたからね
中学の一年生だったと聞いたときは、
いまの若いこさんは、ファッションセンス、すごいなぁって思ったものでしたが、それからも7年ぐらいたってんですよね でも小学生で、こういういろんなポーズきめてんのみせられると、なんか複雑なきがしますが、かわいいって眺めてるところもどこかあったり 子犬とか子猫とか、癒されるじゃないですか なんか そんな感じになるよね〜

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2012年4月29日 (日)

未来ちゃ〜ん璃子ちゃ〜ん

志田未来ちゃんも、成海璃子ちゃんも、ぼくの憧れの女優さんは、さっぱり出てこないなぁ
実家でテレビみながら、気付けばなんとなくそう思ってる
AKB48さん、ローラさんとか多い気がする さっき、さんまのまんまに、ローラさん出てたけど、さんまさんお笑い、負けてるんじゃねって、なんとなく思って眺めてた
けど、ぼくが見たいのは、志田未来ちゃん、成海璃こちゃん あの笑顔にあいたいよ〜

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2012年4月28日 (土)

イオンまで

母と電動車椅子でイオン幸町店へ行ってきました
空気はちょっと冷たいですが、日差しはビリビリしました
桜が咲いていました 子どもたちの歓声がきこえました フェンスごしに小学校のグランドがあり、サッカーの試合をしていました 元気いっぱいでした もうすぐ若葉の季節なんあ、となんとなく思ったりしながら、眺めました
イオンでは、米でつくったドーナツを、初めてたべてみました
ごまあん入りです モチモチとしておいしゅうございました
携帯のホタンは、それしても押しにくうございます
つなけて使えるキーボードがあるといいですが、そのうち小遣いためて買おうっと

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2012年4月27日 (金)

コーヒータイム

コーヒータイム
いま実家にいます 写真は、母が撮りました
昼食後のコーヒータイムです
このオッサンってかいたら、
自分のこと、オッサン言わないの
母に注意されるんで、書きませんって、かいてますが、笑
パソコンがないので携帯で書いてます
これでうまくのるかどうか

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2012年4月26日 (木)

携帯から

窓の外は雲が広がっています 雨が降っているんでしょうか
きょうから一週間ほど実家へいってまいります
携帯から初挑戦の更新でした

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2012年4月21日 (土)

太陽が、冬眠?!

 玄関のドアが開き、来客やヘルパーがみえると、
「あそこんちの庭の梅、やっと満開になったよ~」
 道を挟んだ向こうである。寂しかった枝に、紅の花びらがひらいた。いつもなら、とっくに散っている時季だろう。
 運動神経に関わる障害で、手足があまりいうこと利かず、話すにも舌がもつれ、はっきりしない。いろんな人の手に支えられ、長町南(仙台市)のアパートで、ぼくは暮らしている。
 出かけるときは二、三日前までに、いつも利用している介護サービス事業所に申し込んでおく。するとその日時に外出のためのヘルパーさんが派遣されてくるしくみになっている。
 平成二十四年四月二十日、床屋へ出かける日だった。千円払えば、ほんの十分で、希望どおりに刈ってくれる。〈QBハウス〉という店だ。安いし、早いので、髪が伸びたときは、いつもここで刈ってもらう。
 午後一時、長い髪のほっそりした四十代前半の主婦のヘルパーさんがみえた。車いすを押してもらいながら、住宅地の細い道のはじっこを行く。
 白い雲が広がり、その下に重そうな灰色のかたまりが、あちこち浮かんでゆっくり流れている。いまにも降り出しそうだ。
 家を取り壊していたり、立て直していたりしていた。ショベルカーや重機のエンジンが響く。作業員が三、四人、それぞれの場で立ち働いていた。わきを通っていく。一年ほど前の震災のためだろう。これまでにない規模の揺れで、多くのものが破壊された。
 うねっていた歩道も平らになり、だいぶ元通りになった。けれど、あの自然災害は、多くの人々の心に消えない傷跡を残していった。安全だと信じ込まされていた原子力発電所が暴走し、放射能をまき散らした。
「想定外」
 という言葉が、頻繁に使われた。これから何を信じればいいのか。だれもが思うことだろう。
 車いすを押してもらいながら行く道の風景に、あの日から、これまでをふり返る。
──先のことなんて、何が起きるかわからないさ。いまをだいじにしなきゃ…。
 小鳥のさえずりに耳を澄ます。街路樹の枝に、数羽、首をかしげ、あたりをみていた。
「もう花見の時季なのに、まだまだ寒いですね」
 車いすを押しながらヘルパーさんがつぶやき、ぼくもうなずく。
 田んぼのわきを抜けると、車の行き交う大通りへ出る。ケヤキの並木が、くもり空の下、裸の枝をかすかに揺らしていた。
〈ザ・モール仙台長町〉の三階にエレベーターで上がる。千円カットの〈QBハウス〉の入り口がひらく。
「いらっしゃいませ!」
 理容師さんが二、三人で、それぞれ客の髪を刈っていた。老若男女、だれでも気軽に入れる。店内にはラジオやBGMが流れている。待っていると呼ばれ、鏡の前へ進めてもらう。
「髪型は、どうなさいますか」
「丸刈りの三ミリで」
「三ミリですね、かしこまりました」
 バリカンの音を聞いているうち心地よくなり、しばしまどろんだ。
「スポーツ刈りは、やめたんすか…」
 一年前の震災のあと、復旧してからこの店に来ると、理容師さんにきかれた。髪が伸びたままになり、かゆい思いをしていたこともあった。
 床屋がすみ、喫茶店で休んで、ファッション売り場を見てまわった。春物の上着がほしかった。
 脇の下の伸縮性など、介助で着せやすいかどうか、ヘルパーさんに見せてもらい、一着選ぶ。
 モールを出ると、さっきより風が吹いていた。
「あたま、寒くないですか、尾崎さん」
 車いすを押してくれていたヘルパーさんが、いたずらっぽい笑みでのぞき込む。ぼくは、
「ちょっと…。中と外は、大ちがいいですね」
「それにしても、いつになったら、温かくなるんでしょうね」
「ほんとです」
 その夜は、ネットで新聞を見ていた。朝日新聞のサイトに、これから地球は寒冷化のほうに向かうかも、という記事が載っていた。
──まじかよ。
 読んでみると、太陽の活動を観測してのしっかりした情報らしく、これまで予想されていた温暖化への対策は、何だったのかと思ったほどだ。
 夜も更け、午前零時になると、就寝準備に入る。
「こんばんわ~」
 おかっぱ頭の四十過ぎぐらいの主婦のヘルパーさんがみえた。
  ドン ドン ヒャララ~
  ドン ヒャララ~
 笛も太鼓も鳴っていないけれど、祭りのオーラのようなものがただよう。
「あら、尾崎さん、床屋行ってきたの。寒かったでしょぉ」
「ちょっとね」
「ね~ぇ。なんだって、ことしはいつまでも寒いのか、ね~ぇ」
「さっき、ネットみてたんだけど、太陽が冬眠するみたいだよ。三百年前と同じ状態だって」
「えっ、それってどういうこと」
「黒点が…、いや、夏も寒いし、冬はもっと寒くなるとか…」
「う~ん、そうなんだ。おっきな地震はあるし、暴れ風もだし、そのせいなのかな。なんか地球がヘンだよね」
「ほんと」
 歯磨き、洗面、着替えの介助がすみ、布団をかけてもらう。
「それでは、尾崎さん、いい夢みてくださいね。ヘヘッ」
 おやすみなさい、といって帰って行かれた。
 布団のなかから、宙を見つめる。
──太陽も、ときどき休むって、なんか、生きてるみたいだな。三百年前っていったら、仙台は伊達政宗がいたころかな。あの時代だって、何とかしのいだんだもの、それにあれからいろんな分野が進歩してるんだ、だいじょうぶさ…。
──さて、ぼくも冬眠しよう…。
 ほっとして、いつしか眠りに落ちた。

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2012年4月12日 (木)

ふしぎな幻聴

 鼻の下にほくろのある男のヘルパーさんがアパートにみえたとき、
「アテテッ!」
 小さな悲鳴にふり向くと、部屋にぶらさがったハンガーに頭をぶつけたのだろう、そのあたりをさすっていた。
「アテッ」
 こんどは室内にたたんでおいてある手押しの車いすに脇腹をひっかけたらしく、よろけていた。
 髪は七三にわけている。タレントの島田紳助さんと、笑点の春風亭昇太さんをかけあわせた雰囲気の顔だ。年のころは、五十代後半だろうか。
 いつしか、同じ事業所内の何人かのヘルパーさんも、
〈アテテのおじさん〉
 と間接的に呼ぶようになった。
「そういえば、さいきん、めがね、かけてませんね」
 ふと気がついて聞いてみた。
「うん、こわれっちまってさぁ」
「それは、たいへん」
「はぇぐ直さなねどなぁ…。街さ行ってもせっかくさぁ、かわい子ちゃん歩いでんの、みえねぇんだもん」
「そっちかい…」
 微笑でスイングし、
「そっちです~♪」
 介助中はいつも、そんなやりとりである。
 たまにふしぎな幻聴に襲われる。感覚的にいえば、みえないだれかがくっついて、耳元で替え歌を口ずさむ。とまらないので、パソコンに打つ。するとやっと静かになる。
 同じ事業所の別なヘルパーさんに見せたら、ひっくりかえり、足を軽くばたばたさせた。
「オレ、笑いじんじゃうよ~」
 事務所でみんなでみたいから、ちょうだいと言われ、首をかしげながら印刷して渡してやった。
 ヘルパーのアテテのおじさんがみえた。
「おれ、事務所で、みんなの笑いものだよ、フン、フン」
 なじられたのは、いうまでもない。
 居宅介護観察編、外出介助観察編と、あとからつけた。といっても、観察しているのは、だれなのか。前に載せたけれど、再び掲げてみる。
 後者は、初である。

 ◇  ◇  ◇

居宅介護観察編

 月光仮面の替え歌で

 アテテおじさん(アテテは、痛いの方言)

ど~このだ~れだか し~らないけれど
だれもがみん~な 知っている
アテテのおじさんは
ときどきぶつけて クレ~ジ~
腰ふりダンスで あらわれて~(KARA
腰ふりダンスで 去っていく~(KARA
アーテテのおじさん だれでしょ~
アテテのおじさん だれでしょう~

ど~このだ~れだか し~らないけれど
だれもがみん~な 知っている
アテテのおじさんは
ちょ~し~のは~ずれた 鼻歌よ~
腰ふりダンスで あらわれて~(KARA
腰ふりダンスで 去っていく~(KARA
アーテテのおじさん だれでしょ~
アテテのおじさん だれでしょう~

 ◇  ◇  ◇

外出介助観察編
 〈夕日〉の替え歌で
 〈アテテのおじさん 街なか編〉

ときどきぶつかり アテテのおじさん
街なか歩いて 目がキラリ~
いた いた いた いた 女の子~
かわい子ちゃんに~ ときめいて
ギンギン ギラギラ 目がたれる~

ギンギン ギラギラ クレージーおじさん
街なか歩いて 目がキラリ~
かわい子ちゃんを 目で追って~
スタスタ歩く~ アテおじさん
ギンギン ギラギラ うれしそう~
 ◇  ◇  ◇

http://www.youtube.com/watch?v=BrLa1CpMK6w

http://www.youtube.com/watch?v=7HxqIj6xaNQ

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当人の前で?!

 手足があまりきかず、出かけるときは介助者と車いすである。
 いつも思う。イベントなどへ行くと、いきなりバカでかい声で、
「こんな時間まで、たいへんですね~」
 見ず知らずの人が介助者のほうだけに、そんなことばをかける。こちらへは、ちらっとみるだけである。
 まわりもデカい声にふり向く。たびたびである。
 体に障害があっても、赤ん坊ではない。やりとりしている話だって、わかる。
 気晴らししようと出かけてきたのに、ため息をついて帰ることになる。自分だけなら、まあ、仕方ないか、と思う。
 けれど、ほかの障害のある人からもきく。同じ体験をくり返し、
「おれって、そういう存在でしかないのか」
 そう思い込んで、出かけるのがおっくうになったという。口もきけず、文もかけず、がまんしている人が多いと思うからあえて書く。
 障害があっても、同じ生身の人間である。人によっては傷もつく。
 そういうつもりがないのなら、逆の立場になって、教えてほしい。
 見ず知らずの人が、ご自身を、ちらっと見るだけで、あなたの横の人へ、
「あらまあ、たいへんですね~。こんな時間まで、この奥さんのために~、おっ、ほっ、ほっ、ほっ」
 そこに、はさまれる。一度や二度ではない。どう受けとめればいいのか…。

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2012年4月 5日 (木)

そうさ

 運動神経に関わる障害がある。その症状が強く、指がひらかなかったので、げんこつの角でコンポのプレイヤーのスイッチを入れる。
 パソコンの前へ這っていく。割り箸のついたサンバイザーを、どうにかかぶると、頭を動かし、キーを打っていく。
 作業中に流すのは、ピアノやギターといった歌のないものが多い。なのになんとなく、休みながら聴いているほうを選んでいた。
 平成二十四年四月五日、このところは風の吹きあれていることが多く、何日か部屋にいた。日にあたらないと、人はうつ傾向になるという研究データーがあるらしい。テンションを上げようという無意識のはたらきかもしれない。
  まな~つの恋が凍えてる♪
  きみのぬくもりに ふれたくて♪
 ノリノリ気分で体を揺らし、パソコンに向かっていると、キッチンのほうからうわずった声がした。
「えっ、尾崎さん。西野カナ、聴くんですか。オレより若いですね」
──??? そうか、まだヘルパーさんのいる時間だった…。
 起床介助での訪問は、九時までである。そのちょっと前で、片付けものをしていたのだった。仕切り戸から黒縁めがねの寝ぼけたような目がのぞく。朝の七時に起床介助にみえていたヘルパーさんである。
 よっこいしょ~、よいしょ~、というかけ声が口癖だが、まだ三十ぐらいだ。
 にっこりしながら、ぼくは、
「まあ音楽聴くのに年なんて、関係ないっしょ」
「ですよね。オレもコナンくんの反対ですけど、ハハッ」
「うまいね。まさに中味は子ども! 見た目はおっさん! これがぼくの正体さ! ハッハッハッ」
 ヘルパーさんの目が点になる。するといたずら心がわいてくる。
「じゃ、もっと若い曲、聴かせてあげますよ」
 コンポの選曲ボタンをげんこつの角で押す。
  ズンズン ドン♪
  からだを かけぬけた♪
  目があったときから♪
  深く深く染ま~る♪
「えっ、だれ歌ってんですか」
 ノリノりのたこ踊りでこたえる。
「ナインです」
「ない? ですか」
「いえいえ、ナインです」
 〈9nine〉とかいて、〈ナイン〉という。十七から二十歳ぐらいのモデルさんや女優さんなどを集めたグループだよと説明した。
 歌のフィーリングがいい。ぼくのあこがれる、青春のシーンが、ちりばめられている。こんなふうに過ごしてみたかった、じゃなくて、空想でそれに浸りきる。すると気持ちが解放され、元気になれる。
「ちょっと名前出てこないけど、あの女優のコのグループだ。思い出しました」
「あ、川島海荷ちゃんね」
「あのコも、かわいいですよね」
 にっこりぼくも、うなずく。
 ふとヘルパーさんが、
「そういえば、きのう、志田未来ちゃん、テレビに出てたけど、みました?」
「えっ、まじで。なんか、不良の役、スペシャルドラマでやるみたいだけど」
「その宣伝でかな」
 志田未来さんは、もう十八になるのだろうか。ふっくらしたほお、コロッとした目の雰囲気に、片思いの初恋だった女の子の面影が浮かぶ。ずっと癒されていた女優さんである。
 ネットに志田未来さんの記事があった。
 俳優の阿部寛さんが、あこがれの人なのらしい。原宿をクレープを食べながら、いっしょに歩きたいという。
 阿部寛さんは、四十四歳のぼくよりも、三つくらい上の俳優さんだ。
 ちょっとだけ、うらやましくなった。
──阿部寛さん、あんなかわいいコに好かれるなんて、いいな。あっちは冴えてるからな。こっちは冴えないオッさんだからな…。けど、みえない苦労もあるんだろうな。
 まあ、いいか。考えてること、志田ちゃんもいっしょだもん。
 だれでもいい。相思相愛のカップルで、渋谷の街でも歩いてみたかったよ。
 ネットの記事の横の写真があった。
 志田ちゃんのはかま姿、かわいい~。
 水色の着物の生地に赤とオレンジの混じった牡丹だろうか。黄色い花といっしょに咲いている。
 志田ちゃんの緑の髪飾りも、そのあいらしさを引き出している。
 がんばる気力がわいてきた。テンションが上がって天井を仰ぐ。
「中味は子ども! 見た目はおっさん! コナンくんと、逆さ! ハッハッハッ」

──────────

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 あるものを検索していたら、手がかってに動いてクリックし、急にこの歌が流れはじめたので、仰天してしまいました。
 サビのあたりは、気づけば、口ずさんでおりました。
 なんのご縁か、なんともリアルを感じさせる歌でございます。

http://www.youtube.com/watch?v=4OwsxanQGlU

 さて、気持ちを切り替えまして…こちらは癒されますですよ。

http://www.youtube.com/watch?v=PUB85fFHmF4

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2012年3月29日 (木)

ぼっちゃん?!

 あかりを消し、おやすみなさい、と介助者が部屋を出て行く。布団のなかから、宙を見つめていたぼくは、眠りに落ちようとしていた。
 耳元でささやく声がして、ぱっと目がひらく。
「ぼっちゃん…、しんや、ぼっちゃん」
 見まわすが、だれもいない。
 寝返りし、横になって目をとじる。
「ぼっちゃん…」
 ぱっと目をひらく。三回もくり返された。
 ぼっちゃんなんて、三十年もよばれたことがない。首をかしげた。まだアパート暮らしはしていなかった。障害者施設にいたころで、五、六年ほど前だから、三十八か九歳だった。
──幼いころの、記憶のいたずら?
 それにしても、いきなりすぎる。
 どっきりカメラという番組がむかしあった。タレントの田代まさしさんが、寝ている人のそばでひそひそと、
「おはようございます」
 というように、
「しんやぼっちゃん…」
 耳元でささやかれる。なぜか、温かいものが胸にじんわりひろがり、懐かしさがこみ上げた。
 みえない世界が、あるとする。ご先祖様にしては、間が抜けている。
 あたまがおかしくなったと、面会に来た母にもらすと、
「Tちゃんでねえのが。あいさつに来たんだべ…」
 Tちゃんとは、十歳ぐらい上の従兄弟で、そのころ亡くなったばかりだった。たしかにTちゃんの声だった。
 遠くに住んでいたので疎遠だったが、子どものころ、遊んでもらった記憶がある。ぼっちゃんとささやくいたずらも、しそうだと、ほっとする。
 みえない世界は、あるのかないのか、正直わからない。幻覚や幻聴は、あくまでもひとつの現象として受けとめている。そこからの判断は霊能者でも心理学者でもないから、あえてしない立場だ。
 あるとしても、すべての人が確認できることではないから、よからぬたくらみをする連中が利用する。人の弱みにつけ込む。インチキで金や名誉、人気を得るための道具にもなる。
 孔子というむかし中国にいた思想家が、
「死者、霊魂のことは、敬いながらも遠ざけ、目の前のすべきことをしなさい。人として生きるための知恵です」
 訳として、正しくないかもしれないけれど、そう弟子に説いた。
 遠ざける。つまり距離をおく姿勢を忘れなければ、知識としてかじっておくのもわるくなかろう。ぼくはそういう立場で若いころにいろんな本を読んでいた。それがいま、ある意味、免疫となっている。
 この社会で生きるうえでは、どんな人と出会うかわからない。どこかで宗教の勧誘の人につかまりそうにもなる。そんなとき、教えの話を聞いても、──まあ、そんなもんだろう。
 ぴんとくることも、なくなった。冊子も受けとらない。
「もったいないので、必要とする人へ回してください」
 言葉が通じれば、相手もにっこりうなづいて、
「そうですか。いつか、ご縁があれば…」
 と言ってわかれる。
 脳性まひ、という障害をもって生きる、そのことに希望がもてなかったぼくは、生きがいを求め、本を借りて読みあさっていた。二十歳すぎのころだったか。
 心理学、脳科学、精神世界、なかにはなんとなくあやしげな本もあった。それもSF物語やマンガ感覚で読んだ。手当たり次第読んだなかには、俳優の丹波哲郎さんのかかれたのもあった。
 いくら読んでも、現実の状況は変わらない。あるところまで調べると、
──生きがい探しなんて、もうくたびれた。この体で人の道におかれたんだ。前を向いて進んでいくしかないさ。
 そんなぼくでも、息切れしてしまうこともある。
──こんなにがんばってるのに、つらいばかりで、いいことなんてないし、もうくたびれたよ。
 耳元でささやく声がしたのは、ちょうどそんなときだった。
「しんや、ぼっちゃん」
 がんばって、という思いが、それにのって伝わってきた。
──Tちゃんだったの…。
 敬いながら、遠ざける。
 むかし中国にいた思想家の孔子も距離をおけと戒めたけれど、否定はしなかった。
 つらいとき、みえないところから、見守っているひとたちが、いるのかもしれないことを…。

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2012年3月22日 (木)

吹きあれる風にもまれながら

 土ぼこりが巻き上がり、吹き飛んでくる。住宅地の道のはじを電動車いすで進んでいると、
「また、鼻水が…」
「テッシュですね」
 外へ出かけるたび、ついてくれているヘルパーさんに、なんども拭いてもらわなければならない。
 鼻を拭くにも手指が満足に動かないのは、運動神経に関わる障害のためだ。
 マスクをすれば、ずれあがって目をふさぐ。ハンカチを手首に巻きつけてもらう。少しはぬぐえるが、ねらったところへいかず、
「痛いっ!」
 自分の顔面をなぐってしまうほうが多い。ため息がもれ、
「なんだかな…」
 行き交う車で舞い上がる粉塵なのか。花粉か黄砂か。ハウスダストのアレルギーがあるので、内外にかかわらず、チリのたぐいはどれも反応するのだろう。ことさら症状が出るのは、空気の冷たさのせいだ。
 電動車いすは操作できても、ひとりで外へ行くのは、温かな時季に限ると何年か前に悟る。
 きょねんまではタリオンという薬を飲んでいた。アレルギーには効いていたけれど、睡魔というおまけがついてくる。いくら寝ても、それがおそって日々の活動に差し支えた。
 天秤にかける。多少の症状は出てもいい。副作用の少ない薬にしてもらった。だいじなのは、広い視野からのバランスだ。
 体が不自由で人の手を借りなければ、プライベートな活動だってままならない。ちょっとの咳払いにまで反応して、機関銃のようになる。そんな介助者も過去に何人かいた。
「体調わるいんじゃないの!」
 あるいは会ったとたん、
「顔色わるいよ!」
 なにかの作業中であれば、多少の疲れは顔に出よう。いつも百パーセント体調がいいなんて、ありえないだろう。
 ほどほどのところで折りあいをつけ、日々を送る。だれだって、そうしているはずではないか。そういう声がけは、ほんとうに体調がわるいとかでなければ、いい気がしないものである。
 きょうは平成二十四年三月二十二日、彼岸がすぎれば、予報では温かくなるはずだった。が、ふり返れば例年、ぼくのいる長町南(仙台市)は、四月初めまで雪が降っていた。
「それにしても、ことしはまじ寒いよね」
「ほんと」
 ときたま顔を見せにくる知り合いとも、あいさつ代わりになっていた。
 アパートの玄関を出れば、道を挟んで梅の木がある。吹きあれる風も、春一番ではなかった。けれど、芽がふくらみつつあるのだろう、うっすら紅を帯びてきている。
 梅の木もときどきなぶられ、
「もう少し…」
 温かい春が、きっとくると、ふんばっている。

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2012年3月16日 (金)

もうすぐ春…

 田の神が、山から戻ってくる。それぞれの地で、十六個の団子を供えてお迎えする。きょうはその十六団子の日だという。東北で長く伝えられてきたならわしらしい。
「もう春だよ。そろそろ田植えの準備、入んなきゃね」
「そうね」
 テレビもラジオもなかった時代は、そんなふうに暦をみて忘れないようにしたのだろう。
 長町南(仙台市)のアパートの部屋にはエアコンがある。けれど、冷え込む朝と晩は、すぐにあたたまる石油ファンヒーターがなくてはならない。灯油も、いつもの冬の倍は消費している。この地にしても、気温がマイナス五度まで下がる日が多いのは、近年めすらしいことだった。来客やヘルパーも玄関を上がり、
「寒いですね~」
 ことさら、ちぢこまっていた。
 雪が積もり、陽ざしに溶け、また降った。迷っている春の気配がする。
 割り箸をつけたサンバイザーをかぶり、頭を動かしてキーを打つ。運動神経に関わる障害で手足が不自由、言葉も舌が回らず、満足に話せないので、それを補うためにパソコンを使う。
 たまにくたびれた夜など部屋でぼんやりしていると、こまかい黒いものが横切って飛んでいく。蚊だろうか。虫たちも動き始めたようだ。
 平成二十四年三月十六日、近所の用足しに電動車いすで出かけた。
 横断歩道の前で操作していた手をとめ、空を仰ぐ。白くかすんで、やわらかな陽がさしていた。ひとりつぶやく。
「このままあったかくなると、いいんだけど…」
 用足しのサポートをしてくれていた四十代の主婦のヘルパーさんが、
「彼岸すぎると、あったかくなるみたいですよ。天気予報でみましたけど、当たるといいですね」
 にっこりうなずいて、ぼくは進む。やや風が吹いている。冷たい空気がダウンのコートをとおしてかすかにしみてきた。
 通り道の家の陽のあたる庭先で、猫が二匹、冷たい風にふるえ、
「もうすぐ春が来るから、辛抱だニャン」
 寄りそいながら、こちらへ気づいて、じっとみている…。

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2012年3月10日 (土)

シャバシャバ~♪

「シャバシャバだよ~、尾崎さん」
 昨晩の就寝時、おかっぱ頭の四十過ぎの主婦のヘルパーさんがそう言ってみえた。
「シャバシャバ?、ですか」
「そうそう!」
 そして、
  シャバシャバ~♪ 
 小声でくり返し、へへっ、と笑う。どこかできいた節回しだ。
 笛も太鼓も鳴っていないけれど、お祭りの空気がただよう、からからしたひとだ。外はみぞれっぽい雪が降っているという。午前零時だが、いつもよりは寒くなかったらしい。
 翌朝、カーテンを開けてもらう。くもり空がひろがっていた。朝訪問のヘルパーさんが帰ってから、ぼくはひとり、パソコンに向かう。
 割り箸をつけたサンバイザーをかぶり、頭を動かしてキーを打つ。脳性まひ、という運動神経に関わる障害で手足が満足に動かない。言葉がはっきりしないぼくにとって、家計簿、銀行の残高管理、振り込み手続き、連絡など、自分でできるのは、このパソコンのおかげだ。
 アパート近くの道を車が行き交うたび、水しぶきがきこえてくる。
 パソコンにむかっていたぼくは、ふうっと息をつく。
 水しぶきの音に、しばし耳を傾ける。
 平成二十四年三月十日、このところは三寒四温の空模様である。
 また画面に向かっていると、玄関のほうからノック音がした。午前十時半である。
「おはようございます」
 首が長くて背の高い、デカい目のきらきらした二十代半ばの男のヘルパーさんがひょろりひょろりとみえた。そのようすを見あげているうち、吹き出してしまったことがある。
 同じ事業所の何人かのヘルパーさんも、彼の話をするとき、
「キリンさんがねえ」
 とやりとりするようになった。彼も、ふつうに言っていた。
「首長え~って、友だちからも、よく言われますよ」
 不意に、きいた。
「外は、シャバシャバ、ですか」
 彼は首をかしげていたが、
「あっ、そうですね。みぞれが降ってますね」
 どうやら昨夜みえたヘルパーさんからうつってしまったらしい。
 ぼくはうなづき、ちょっと近所の店で買いたいものがあったけれど、今度にしよう、と思った。
 パソコンデーターのバックアップ用に使っている、外付けハードディスクの置き場所を移動したかった。それにはつないでいたUSBケーブルがみじかすぎたので、いつもの昼食、家事が済んだあと、長いのに取り替えてもらう。サービス時間内にすんだ。
 つぎは、
「玄関のドアと、ベランダの窓を開けてください」
「空気の入れ換えですね」
 予報ではプラス三度までしか上がらないといっていた。
 ちょっと寒いけれど、部屋の空気がすんでくると、気分もすがすがしくなる。水しぶきが上がる。そのひびきが心地よい。つい口ずさむ。
  シャバシャバ~♪

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2012年3月 2日 (金)

アニメな日

 部屋の布団に寝ていると、アニメ〈クレヨンしんちゃん〉みたいに話す声が聞こえ、目をひらいた。朝の七時、起きる時間である。
 仕切り戸があいて、
「おはようございます」
 起床介助にみえたショートカットの髪の小柄な女のヘルパーさんだった。年は十九といっていた。
 脳性まひで手足が満足には動かず、言葉も舌がもつれ、はっきりしない。けれど、いろんなひとに支えられ、長町南(仙台市)のアパートで暮らしている。
 布団の中から見あげていると、
「お~ぉ、ガクブル~、ガクブル~です~」
 寝ぼけながら気づけば、
「お~ぉ、ガクブル~、ガクブル~」
 ぼくも同調していた。
 朝のときはいつも自転車でみえるという。外はだいぶ寒かったらしい。
「眠そうだけど、だいじょうぶですか」
「はい」
 掛け布団をはがし、たたんでもらう。そのあいだ、起きあがって正座する。着替え、洗面と、介助をすすめながら、ちらっとカレンダーをみる。
「もう三月ですよ。あたし、きょねんのいまごろ、学校で卒業式やってたんだぁ。お~ぉ、月日の流れというものは、早いですね」
「ほんと、この一年はあっという間な気がしますよ。ムニャムニャムニャ…」
 夢うつつのぼくは、そのまま、また寝に入りそうになり、倒れるところだった。
「お~ぉ」
 平成二十四年三月二日、窓の向こうは、雲が広がっている。前日は春がそこまで来たような暖かさだったけれど、けさはぐんと寒くなっている。
 用がすんで朝のヘルパーさんが帰ると、一人でパソコンに向かう。
 いつしか時がたち、玄関のほうからノック音がした。
「よろしくお願いします~」
 昼前にみえたのは、外出時、強風にあおられると髪のかたちがサザエさんになり、
「ひょえ~~~」
 黄色い悲鳴を上げられる四十代の主婦のヘルパーさんだった。
 玄関から外の電動車いすへ移してもらい、近所の用足しへいっしょに出かけた。
 風はあまり吹いていなかったので、サザエさんにはならなかったけれど、
「また寒くなっちゃいましたね。きのうは、あんなにあったかかったのに…」
 言いながら電動車いすの後ろをついて歩く。
 ヘルパーさんがとまってあたりをみる。たて、よこ、斜めと、瞬間的に顔が動く。そのようすが目に入って思わずクスッとしてしまう。いつだったか、それを気づかれたことがあった。
「ハハハ、あだしの動き、おかしいでしょ。うちの人にもよく笑われるんです。吉本のお笑いより、あんだの動きみてたほうが、よっぽどおもしろいって…。ロボットみたいですよね」
 しょうじきに言ってくださいといわれ黙っているのも、逆に失礼な気がして、
「いやぁ、すみません、ロボットというよりも、神社にいるハトが浮かんでしまいまして…。ぼくは体が小さいし、髪も短いし、顔もこうなんで、動物園のおさるさんと、ときたまいわれますけど」
「やっぱ、あだしって、ハトっぽい? そうかもしれないね。ほんと、あだしの動きは、お笑いかアニメだよね~、ハッハッハッハッ」
「いえいえ、そ、そんなことは、ないかと…」
 きょうも近所の用足し中、電動車いすのバックミラーにヘルパーさんのそのようすが映る。
「あだし、直そうと思ったんですけど、やっぱ、むりだわ…」
 しみじみと語るヘルパーさんに、
「いえいえ、そういうのってぼくもいっぱいありますよ。さいきん思うんですけど、直んないのって、生かすためにあるんじゃないかなって…。枠にはまってその他大勢でいるより、ずっと得だと思うんですよ…」
「だよね~、ハッハッハッ」
 とやりとりをしているうち、体の冷えもだいぶ楽になってきた。

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2012年2月25日 (土)

早く~ あったかくならないと~

 布団の中でうとうとしていると、人の気配がして、目が覚めた。
 運動神経に関わる障害があり、手足が満足に動かない。舌がもつれ、言葉がはっきりしない。けれどいろんな人に支えられ、長町南(仙台市)のアパートでぼくは暮らしている。
 部屋の仕切り戸があいて、
「おはようございます。きょうは、おいらでございます」
 顔をのぞかせたのは、めがねをかけたおちょぼ口の三十代の男のヘルパーさんだ。朝七時の起床介助には、自転車でみえるという。ちぢまって、
  雪が降る~ バッタがすべる~♪
  雪が降る~ バッタがすべる~♪
 アダモの〈雪が降る〉という曲にのせて口ずさみながらはいってきた。道が凍っていたのだろう。
 彼に起床介助をしてもらっている場面は、これまで何度か夢に出てきた。着替え、洗面と介助をすすめていた。手がとまり、じっとこちらを見る。
「おいら、ほんとは…」
 思いつめたようすだった。皮膚が緑になり、羽が生える。みるみる姿が変わっていくので仰天した。トンボが一回、バッタになったのは、二回以上である。
 夢には、潜在意識で感じ取ったものがあらわれる、ともいう。それって、なんなのか、首をかしげるぼくに、
「ずっと前からいろんな人に、バッタ、バッタって言われてましたよ」
「じゃあ、バッタの星からやってきた、バッタさんなんですか」
「そうです」
 彼は当たり前のようにうなずいた。介助や調理中、
  バッタ怪獣~ バッタ怪獣~♪
  ん、ん、ん、ん、バッタ怪獣~♪
 と口ずさんでいた。ん、ん、ん、というのは、なにかに集中すると出てくる、彼のくせである。
「きょうは〈雪が降る〉、ですか」
 と聞くと、ずり落ちてきためがねを指でなおし、ふしをつけ、
「は~い、外は雪が降ってま~す♪」
 こちらから出す介助や家事の指示も、いつしかミュージカルふうになっている。
「つぎは~、○○です~♪」
「はいな~♪」
 平成二十四年二月二十五日、カーテンを開けてもらうと、くもり空がレース越しにみえた。寒さはここ何日かいくぶんゆるんでいた。またぐっと冷え込んでくるらしい。三寒四温というが、いまがそうなのかもしれない。
  早く~ あったかくならないと~♪
  バッタ怪獣さんは~♪
  冬眠してしまいます~♪
 彼の口ずさむのをききながら、クスッとする。それは、本音だろう。かたちは違えど、ほかからはみえないつらさを抱えながら、みんな生きていることを思い出させてくれた。
「ほんとに、早くあったかくなあれ、ですね」
 窓の向こうで雪の舞う空へ、祈りを込める。

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2012年2月17日 (金)

あの子の笑顔が浮かんで…

 少しふっくらしていたほおに、コロッとした目の雰囲気は、少年のころ思いを寄せたあの子の面影があった。
 この女優さんをテレビでみるたび、胸の奥がうずいた。近ごろは、顔の輪郭もわずかながらシャープになり、大人びてきている。
〈ひみつの嵐ちゃん〉というジャニーズのアイドルたちのやっている夜十時の番組に、志田未来さんがゲストで出ていた。平成二十四年二月十六日である。もう十八歳で、高校卒業も間近という。
 この女優さんの愛らしさに癒されていたのは、子役のころからだった。エプロン姿がなじみつつあるのが寂しかった。あの子が浮かぶ。
──どこかで好きな人と、どうかしあわせに暮らしていてほしい…。
 そっと祈る。
 まだぼくが十五のころだった。障害児施設からの一時帰省で、伯母の家に世話になっていたときである。
 縁側でひなたぼっこをしていると、家の前の細い道を、いつも通る女の子がいた。はじめは気にもとめていなかった。けれど、遠くからみるその子の笑顔ばかりが、いつしか浮かぶようになる。胸が苦しくて、何かの病気になったかとびっくりした。それが恋というものだと知ったのは、しばらくたってからのことである。あの子は健常で、ぼくには脳性まひという、重い障害があった。
──手も足も、まがってかっこわるいし、言葉もうまくしゃべれないし、ぼくなんか、相手にされっこないよ…。
 それまでは考えもしなかったことである。
 あの子のことがあたまをはなれず、眠れないまま、なんど夜を明かしたろう。
 村下孝蔵さんの〈初恋〉の歌がラジオからよく流れてきて、せつない思いでじっと耳を傾けた。遠いむかしである。
 目の前のことに追われるうち、白髪もちらほらふえていた。四十四歳のいままで浮いた話ひとつなく、ふんばってきた。けれど、いまはこの女優さんの笑顔が、そんなぼくの寂しさを癒してくれる。
 番組のコーナーは二十分ほどだったろうか。
 お笑いトリオ〈森三中〉の村上和子さんから、特製ギョウザの作り方を伝授してもらっていた。
 一ミリほどに薄く輪切りにした大根を皮に使い、具を包む。ヘルシーで、ダイエットにもいいらしい。
 村上さんが、彼女の作ったギョウザを一口食べて、
「うん、合格!」
 不安げだった志田未来さんに笑顔がこぼれ、そのようすが愛らしかった。
 夜も更けて、就寝の介助がすみ、訪問のヘルパーさんが帰った後、アパートの部屋でひとり、布団のなかで目をとじる。
──志田ちゃんの作ったギョウザ、食べてみたいな…。
 あの子の笑顔がふと浮かび、いつしかぼくは、眠りに落ちた…。

http://www.youtube.com/watch?v=YY5zC7puYow

http://www.youtube.com/watch?v=HTujamXE6t8&feature=youtu.be

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2012年2月 9日 (木)

ぽっこりおなかの催眠術師?!

 夜の八時を過ぎていた。湯気が立ち上っていくのをぼんやり眺める。ふうっと息をつく。

 体じゅう強い力が入って、手と足がときどき、かってに動く。息苦しくもなる。湯船につかり、こうしていると、運動神経の障害によるその症状も、いくぶんやわらいでくる。

 代わり映えのしない日々だけれど、きょうも無事に過ごせたことを思う。

 平成二十四年二月八日、入浴介助にみえたのは、ずんぐりむっくりの人のよさそうな三十代の男のヘルパーさんだった。

 玄関から部屋へ来て正座し、ぽっこり出た腹を無意識のようになでる。その手につられ、ぼくの目がいく。

「このイベリコ豚が、今晩の入浴介助をさせていただきます」

 おじぎをし、準備にとりかかる。

 長町南(仙台市)のアパートで訪問介護サービスを利用しながらぼくは暮らしている。風呂日は、週三回で、五、六人のヘルパーさんが代わりばんこにみえる。そのなかでは彼がいちばん多いだろうか。

「みてください。また腹が出てしまいました」

 いつもはそんなやり取りがあるのだけれど、この日はちがっていた。縮こまりながら、

「寒いですね。あした、あさって、さらに冷え込むみたいですね。また雪がどかっと降るみたいです。ぼくんちの駐車場も積雪で、仕切りがわかんなくなっちゃって…。早く、あったかくなんないですかねって、ぶくぶく太って、尾崎さんの介助中に肉汁のほとばしるぼくが言うのもヘンですけど…」

「いえいえ、ぼくも用足しで、外へ出たけど、ほんと寒かったです」

 ちなみにぼくの体重は、あっても四十一キロで、成人してから四十四歳のいままで、ほとんど変わっていない。身長は正確なところがわからない。膝などの関節がまっすぐ伸びないからだ。巻き尺で測り、百五十センチぐらいかなぁ、と見当をつけている。

「こっちは鶏ガラですからね、この寒さは骨身にしみますよ」

 にっこりぼくもつぶやく。さらに長町南(仙台市)のぼくのいるアパートのあたりはこの時期、風が吹きあれる。

「なんか、ため息の出る話ばかりですね」

 しみじみぼくも、うなずく。ふと浮かんだ。

「そういえば! CMにガッキーが出てましたけど、みました?」

 ヘルパーさんの細い目がたれる。

「ガッキー、髪みじかくして、ますますかわいぐなりましたよね」

 彼からなんども聞いていた。ガッキーは、女優の新垣結衣さんの愛称である。ちなみにぼくは志田未来さん派で、

「ところで志田ちゃんは、出てますか」

 きかれても、最近はと首をふる。何かの番組には出ているはずだ。ぼくがテレビをみるとき、ちょうどそのタイミングをはずしてしまっているのかもしれない。そう思って番組表をみると、名をみつけるのはいつも、その出演番組が終わってからだった。

「まぁ、いいや。次があるさ」

 ひとりつぶやく。

 風呂上がり、テレビをみながら、しばしゆっくりとくつろぐ。

 日によって、いろんな俳優やタレントが出ている。よく思う。身近なところにも、なんと似ている人が多いものか。ぼくのアパートにみえているヘルパーさんやボランティアさんだけでも、数え上げればきりがない。

 くまだまさしさん、楽しんごさん、クレオパトラの絵さん、島田紳助さんと春風亭昇太さんの掛け合わせ、柄本明さんなどなど、あまりにも雰囲気が似ていたりする。ふだん関わりが多いため、このブログにも人物描写のあとで無意識につづっていたりする。

 入浴介助にみえていたぽっこりおなかのヘルパーさんは、Oという事業所からの派遣である。まだ正月過ぎてまもなくだった。

「うちの社長がみんなに、くまだまさしって呼ばれているのは、もう本人も知ってるんですよね」

 聞かれてうなずく。だいぶ前に、ふとよくわからない衝動にかられ、そのYouTubeの動画のアドレスを、メールの用件のあとに貼りつけて送ってしまった。

 どこかで見たような気がするんですが、知ってますかとコメントをつけた。すると、

「これは、くまだまさしです。もしかしてぼく、似てますか(; ;)ホロホロ」

 泣き顔マークがついて返ってきた。彼も、うすうす感づいていたようだ。お茶目で、たまに向こうからも小さないたずらをしかけてくる。そんな男同士の仲だった。ちなみにぼくは、何種かわからないが、〈おさるさん〉なのらしい。人づてに聞いて、なるほど、とうなずいた。

 彼がつけるあだ名は動物が主である。

 坊主頭で耳がでっかい。体が小さい。そこからすれば、おそらくぼくは、チンパンジーあたりか。

 すると、ぽっこりおなかのヘルパーさんが聞いた。

「じゃあ、うちの所長が〈ほっしゃん。〉似って、いつごろから気づいてました」

 戸惑いながら、ぼくは答える。

「え~と、初めて会ったときからです」

「目もとのあたり、そっくりですよね。本人にちゃんと伝えました?」

 O社の所長さんも、ときどきヘルパーでみえる四十代の女性の方である。

「いえいえ、だって所長さんは、おしとやかな方だし、〈ほっしゃん。さん〉なんて、とんでもないですよ」

「そこをなんとか、代表して伝えてくださいよ」

「う~ん」

「尾崎さんの今年の目標は、うちの事業所の所長が〈ほっしゃん。〉だとブログにかくことです」

 それから、

「まだですか。目標達成は、いつですか」

 と聞かれ、首をふる。そのやりとりがなんどかあって、彼の暗示にかかってしまったのだろうか。

 何かにつき動かされ、この文をつづる…。

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2012年2月 3日 (金)

寒さにふるえ

 外の電動車いすへ、玄関からヘルパーさんに移してもらう。

 陽がさしていたけれど、家々も草や木も雪化粧し、道もみえないくらいだった。

 暖房の効いた部屋で過ごしていたぼくは、

「やっぱ、外は、別世界ですね」

 冷たい空気が、ほおや耳にささるようだ。風が少し吹いている、昼前だった。

 長町南(仙台市)のぼくのアパートのあたりはプラス一度、あるかないかぐらいである。風が吹くたび、首がすくむ。食材の買い出しで、近くのヤマザワスーパーへ、向かおうとしていた。

「こんにちは、お出かけですか。きょうは雪が残ってるんで、お気をつけて…」

 その声にふり向く。温かな笑顔で見送ってくれていたのは、アパートの向こうはじの部屋から順番に調子を点検していたガス屋さんだった。

「はい…」

 ぼくも会釈し、電動車いすで道へ出る。

 操作の手をいったんとめる。

「これは、思った以上に積もってますね」

 日陰は三センチ以上のところもあり、タイヤがうもれる心配もあった。

「もし、あれになったときは、わたしが後ろから押させていただきます」

 サポートをしてくれていたのは、いつも強風が吹き荒れると、髪のかたちがサザエさんになってしまい、

「ひょえ~」

 と黄色い悲鳴をあげられる、四十代の主婦のヘルパーさんだった。

「風の強い日も、それもそれで、たいへんですけど、ここんとこの寒さも尋常じゃないですよね」

 ヘルパーさんのつぶやきに、しみじみとうなずく。

 ヤマザワスーパーへ着く。ヘルパーさんにはメモにかいてあるものをカゴへ入れてもらい、そのあいだ、ぼくは別行動でほかの旬の食材を眺めてまわる。

「トントン」

 肩を叩かれてふり向くと、

「あらびっくりしたがい。ここんどこ寒くて出はんねがったんだげっとん~、中さばりいっと、あだまいでぐなっからや~、出はってきたの。あんだ、きのうは来ったの?」

「きのうは、ぼくも中にいました」

 荷を運ぶ小さな車を杖代わりに押していた八十代の、近所に住んでいる顔見知りのおばあさんだった。いつも笑顔で明るく声をかけてくれる。

 通りかかる人が、そのやりとりをちらっと穏やかな笑みでのぞき込んでいくと、どうも~、と元気な声でいい、

「あだしね、友だちになったの」

 すると通りがかりの人も、遠くから会釈する。

 おばあさんは、向き直り、

「それにしても、なんだって、こんなに寒いんだべぇ。あんだも風邪ひがんすなね。んじゃ、まだね」

 手をふって行かれた。脳性まひという運動神経の障害により、筋緊張が強かったので、手でバイバイはできなかったけれど、そのぶん笑顔で見送った。

 家路を行く。カーブの滑りぐあいも頭に入れ、、電動車いすを操作しなければならず、F1レーサーの横滑りはこんな感じかなんて、悠長なことは言っていられない。坂道は雪の多さでのぼれず、後ろからもヘルパーさんに押してもらう。なんとかアパートの玄関に辿り着いた。その運転でへとへとになり、ため息をつきながら、

「やっぱ、こんなん雪があるときは、こんどから買い出し、お願いします」

「ですね…」

 電動車いすからアパートの中へ移してもらう。するとわき目もふらず、ぼくはファンヒーターめがけて這っていく。障害による緊張でボタンを押す指がひらかない。焦りながら、そのままげんこつの角でスイッチを入れる。

「ああ~、あったかい~」

 しばしのしあわせに、うっとり浸る…。

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2012年1月26日 (木)

〈働かざる者〉とは…

 静かなピアノが、朝日のあたるアパートの部屋に流れる。割りばしをつけたサンバイザーをかぶり、あたまを動かしながら、パソコンのキーを打っていく。

 からだじゅうに力が入り、手足があまりいうこと利かない。ときどきかってに動く。舌がもつれ、言葉がはっきりしないのも、脳性まひ、という運動神経の障害によるものだ。作業時にかける音楽は、シンプルなピアノやギターの音色が、体の障害からくる筋緊張を和らげてくれる。

 思うように力を抜くことができず、ときどき息が苦しくなって、いくぶん顔が赤くなるときもある。

 電動車いすで街中へ出かけ、そこにBGMが流れていると、知らない人には酔っぱらったタコが、踊っているようにもみえるらしい。あるいは、知的に重度の障害のある方とまちがう。街中にひとりでいるのを心配なさって、

「ぼく、だいじょうぶ…」

 と、声をかけてくださる方もいる。四十四歳のオッさんは、もしできれば大人として接してほしい、という気もなくはない。ふだん脳性まひ、という障害のある人と接点がなければ、そういう症状はわからないし、ぼくだって同じようにしていたかもしれない。

 だからこそ、いろんなひとの目に触れるところで暮らしたい。障害者施設を出て、地域のアパートで暮らす道を選んだ理由のひとつでもある。

 そう決心し、地元の自立生活センターの協力で実現した日から、どれぐらいたつだろう。

 二、三時間おきに訪問ヘルパーさんがみえ、必要な介助をしてもらう。あとはひとりで集中しながらパソコンに向かう。あるいは用がすんでヘルパーさんが帰るとき、外の電動車いすへ乗せてもらい、ひとりで近くの公園へ行ったり、ショッピングセンターの売り場を見てまわったりする。いまはそんな日々である。

 いろんなふうに声をかけてくださる方はあるけれど、誤解があったとしても、あたたかく見守ってくださる方たちの気持ちをたいせつにしたい。こんにちわ、と声がかかる。急に言葉が出ないので、軽く会釈すると、

「がんばって…」

 とあたまをなでる。年配の主婦の方かと見上げれば、中学生のかわいい娘さんだったこともあった。そういう子は、生まれながらのお母さんタイプなのだろう。しっかりした両親の背中を尊敬のまなざしで見て育ったのかも知れない。

 この場合、ぼくはどうしていいのか。四十を過ぎたオッさんとしては、途方に暮れてしまう。手はいかないけれど、頭もかきたくなる。

「あはっ、あはっ、ど、どうも…」

 なぜかあわて、おじぎして別れる。どちらかといえば、心ない言葉を投げかけられることのほうが多い。そんななか、こういう心優しい子に出会うと、砂漠でオアシスをみつけたような、救われた思いになる。

 道を行く。どこにでも落ちているゴミばかり気にして文句たらたら行くか。風にゆれるちいさな草花に心をとめ、楽しみながら行くか。いつか終わる同じ道なら、きっとあとのほうがいい。そんな意味の話を書いていたのは、作家の五木寛之さんだったろうか。

 若いころは、このたとえもなっとくいかない気がしていた。年を重ねたいまはしみじみと心にくる。

 手足も口も思うようにならない。けれど、むかしむかしの物語には、足の不自由な人が、田んぼの見張りをしたことが記されている。情報屋のようなことをしていた、ともいう。たしかに、

「カタワ」

 とか、

「ツンボ」

 とか、呼ばれていたけれど、いまの感覚とはちがって、もっと親しみがこもった呼び名だったのかもしれないと、その時代のその集落に思いをはせる。言葉のニュアンスは、状況や時とともに変化していくものだろう。

 いろんな人の視野に入るところで、障害があってもそれぞれの状態に合った役目を持って暮らしていた。そんな社会が古代にあったと知って感動した。

 生まれてきたかぎりは、どんな命にも役目がある、という哲学もある。

 ひところ、

〈働かざる者は食うべからず〉

 という格言めいたものが、さかんに言われていた。だから障害者は食うべからず、ともよく言われ、傷ついていた若い時代もあった。

 気になってその出所を調べてみた。戦後の日本の復興のためのある政党のスローガンだと知った。元は聖書にあって、ニュアンスがちがっていた。ぼくはキリスト教でもなく、手元にないので記憶にたよる。

〈働きたくない者は、食うべからず〉

 あるいは、

〈働く意思のない者は、食うべからず」

 そんな表現だった。

〈働けても、その意思のない者〉

 なのである。

〈はたらく〉ということばも、いまは主に収入を得る意味で使っている。ところがむかしは〈はたをらくにする〉という意味だったという説もある。だから、

〈ひとの楽を支える〉〈人を喜ばす〉〈人を元気にする〉〈人を笑顔にする〉、たとえ寝たきりだの方だって、それがあるかぎり、働いていることになるのだ。つらいのは、仕事も障害も病気だって、ある意味同じだろう。その代償としての、収入の出所がちがうだけだ。

 食うべからずとはつまり、その逆をしている人へ向けた格言だ。不満があると、関係のない他への誹謗、中傷、弱いものいじめにはしる。はたを苦しめようとする輩である。

 なんだかいやな迷惑メールがあって、むずかしい話にいってしまった。

 パソコンの横の置き時計をちらっと見る。

「えっ、もう夕方の五時半になるか。あぁ、ちょっと、体がつらくきなってきた。休もう」

 BGMも、途中にヘルパーさんがみえ、パソコンをいったん離れるときにとめてから、そのままだった。

 指がひらかないので、げんこつの角でコンポのボタンを押す。アーチストで〈いきものがかり〉を選ぶ。〈明日へ向かう帰り道〉の曲が始まる。

  ひとかけらの不幸せと~

  ひとかけらの幸せと~

 ヴォーカルの吉岡聖恵さんの優しくつつみ込んでくれるような歌声に、疲れが癒される。

──あぁ、いいなぁ。またがんばろ…。

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2012年1月19日 (木)

みえないんだからさ…

 煤けた顔に、衣も泥がついている。旅の途中、泊まった小屋で休んでいると、目をぎらつかせた変態男が、か弱い女とみて、犯そうとする。

 スパッ

 指を刀で切られた男は、あわてふためいて逃げていく。

 女優の綾瀬はるかさんが演じる盲目の旅芸人、名は市という。逆手切り、という抜き打ちの剣術は、自分で身を守れるよう、父親が教え込んだもののようだ。その探していた父が旅の途中、流行病で亡くなっていたと、あとで知ることになる。

 泊まった小屋の暗闇で、市は小さくつぶやく。

「何を切るか、わからないよ。みえないんだからさ…」

 そのセリフが決まっている。かっこいい。障害があっても、この世で生きるために、努力のうえ獲得した身を守るすべだ。

〈ICHI〉とは、強きをくじき、弱きを助ける盲目の剣客映画〈座頭市〉シリーズのひとつである。だいぶ前、このコマーシャルが流れていたとき、主人公を演じる綾瀬はるかさんがカッコよく、おもしろそうだったので、

──DVDが出たら、かりよう…

 と思っていた。

 いろんな雑事でくたびれた夜は、ドラマをみるのが楽しみだったが、このところ、あまりおもしろいものがない。ふと思い出し、インターネットの〈楽天〉レンタルサービスでDVDを借りてみたのである。おかげで気晴らしになった。

 どこから、何がくるかわからない

 生きていくうえはだれだって、そんな不安はつきまとうだろう。ぼくは脳性まひ、という運動神経に関わる障害で手足があまり利かない。言葉も舌がもつれ、はっきりしない。

 子どものころ、施設で成長していくにつれ、まわりの大人のひとと信頼関係が成り立たない状況のなかで、この社会で身を守るすべは、文しかないと思うようになった。割りばしをつけたサンバイザーをかぶれば、あたまを動かしながらワープロのキーを打ち、時間はかかっても長い文が作れるようになった。

 あのころから、どれぐらいたつのだろう。気づけばぼくも四十四歳になっていた。いくら努力を重ねても、ままごとみたいな文しかかけなかった。けれど、おかげで時を経て、自分の身を守る盾になった。

 いまは介護サービスを利用しながらアパートを借り、いろんな人のいる地域で暮らしている。

 次の旅へ一人発つ、綾瀬はるかさん演じる市の背中には、どこか哀愁がただよう。

──自分の身を守るだけでは、まだだめだ。この社会の多くの人に、こんな文ででも、伝えていかなければならないことがある。口のきけない人、寝たきりの人へしわ寄せがいかない、真の社会の実現を願う。福祉が強者のためだけのものであってはならない。ぼくももっと、力をつけねば…。

 心に誓う…。

http://www.youtube.com/watch?v=Xc1PMRsdbkE

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2012年1月11日 (水)

今夜はあったまろう…

 家々の屋根も、庭木も白く化粧し、道の日陰に三センチほど雪が残る。近くのヤマザワスーパーへ、電動車いすで出かけたのは昼近くだった。

 自動ドアがひらき、中にはいる。

「やっぱ、中は、あったかいな」

 ひとりつぶやく。そのまま進み、野菜、魚介類、値段をチェックする。海老もおいしそうだが、値がはるので、やめた。贅沢は、たまに出かける料理店で気晴らしにすればいい、とうなずく。

 眺めていると、カツオのたたきが安かった。サポートでついてくれていたヘルパーさんに、

「これ、カゴに入れてください」

「いちばん小さいパックで、よろしいですか」

「はい」

 ほかに〈まだらの切り身〉〈生しいたけ〉と、とってもらう。

「会計、お願いします」

 と指示し、外へ出る。積もった雪がとけて、水たまりができている。滑らないように気をつけながら道を行く。

 風が吹くと、黄色い叫びがした。

「ひょえ~」

 ふり向いて、ぼくはそのあたまへ目がいく。

「気になりますか。きょうは帽子をかぶっていたので、だいじょうぶです。それにしても、やっぱこの寒さ、身にしみますね」

 にっこりぼくもうなずく。用足しについてくれていたのは、風にあおられると、いつもなら髪のかたちがサザエさんになってしまう四十代の主婦のヘルパーさんだった。あたまへ目がいったのは、そのためである。

 平成二十四年一月十一日、青い空に雲が漂う。昼近くの長町南(仙台市)の気温は、プラスの一か、二度ぐらいだろうか。ヘルパーさんが、

「けれど、夕方からかなり、冷え込むみたいですよ」

「…そうなんですか」

 言いながら、

──今晩はカツオのたたきに、みぞれ鍋、それに生姜でもおろして入れてもらおうかな。あとはゆっくり、風呂入ってあったまろう。

 風が吹き、

「ひょえ~~~~」

 サザエさんのヘルパーさんだった。

 寒さに震え、ぼくも家路を急ぐ…。

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2012年1月 7日 (土)

年の初めに…

 雪をまるめ、ほかの子たちと投げ合っている。

「ここまでおいで、あっかんべえ」

「よ~し」

 遠くの木立も、家々も、みんな雪をかぶり、白銀の世界である。どこかの空き地で、ぼくを含めて四、五人が、みんな五、六歳の子だった。

 なぜか手も足も、満足に動いていた。ポンとそばの男の子に肩を叩かれ、

「また遊ぼうな」

 そこで、目が覚めた。

 脳性まひ、という障害で、現実のぼくは手足が不自由である。話すにも舌がもつれ、言葉がはっきりしない。年も四十四のオッさんである。長町南(仙台市)のアパートで、いろんな人の手をかりながら暮らしている。

 部屋でひとり、布団にくるまっていた。時計をみると、朝の七時、起きる時間である。仕切り戸がひらき、起床介助のヘルパーさんがみえた。

「お~ぉ、寒いです~」

 アニメの〈クレヨンしんちゃん〉の雰囲気が、イントネーションに漂う十九ぐらいの娘さんである。

「お~ぉ、部屋はあったかいですね。手がちょっと、冷えてますんで」

 タイマーでついていたファンヒーターに手をかざし、

「それじゃ、起きますか」

「はい」

 布団をはがしてもらい、正座すると、着替えの介助をすすめながら、

「正月も、終わっちゃいましたね。年末年始は、どこで過ごしてたんですか」

 平成二十四年一月七日、もう七草の節句だった。聞かれてうなずき、

「一週間ほど帰省して、ゆっくりしてました」

 車で三十分ほどの幸町(仙台市)にひとり暮らしをしている母のアパートがある。帰ったのは十二月二十九日だった。

 母はジャニーズの櫻井翔さんがすきで、雑誌の切り抜きを壁に貼っている。木村拓哉さんのも加わっていた。七十三、四になるだろうか。

「かあちゃん、ミーハーだからや」

 と言っていた。ぼくもほっとする。

 女優の泉ピン子さんがテレビに映り、少し酒に酔っていたぼくは首をかしげ、

「やっぱ、あの人、かあさんさ似てるなぁ…」

 母は、肩をゆらし、

「ふん、ふん、やっぱりな…」

 本人も、そう思っていたようだ。

「ところで、しんやのすきな志田未来だっけ、このごろ出ねんでねぇの」

「うん、それに、成海璃子ちゃんも出てないし…。あっ、NHKの大河ドラマってのに、こんど出るのかな」

「そういや、成海璃子っていうのも、かわいいよな」

 ぼくもうなずく。

 一週間のんびり過ごし、自分のアパートに戻ったのは、おとといの一月五日だった。

 ヘルパーさんが、起床の介助をすすめながら

「ゆっくりできたんですね。ところで、尾崎さん、ブログの更新、きょねんの十二月二十五日でとまってますね」

 いわれて、ぎょっとした。

「えっ、みてました。もしかして、またバレちゃったですか」

 にんまりしながら、

「いつもクレヨンしんちゃんって、あたしのこともかいてあって、ハハハ。お~ぉ、そうだ! 新年のあいさつ、してなかったですね。あらためて、今年もよろしくお願いします」

 話が変わり、ぼくはほっとして、

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言って笑う声が、夢のなかの子どもたちと重なった。

 もしかして、あの子たちは〈クレヨンしんちゃん〉の仲間たちだったのだろうか。ヘルパーさんのかすかな声が、夢にまぎれ込み、途中からそうなったのかもしれない。だいぶむかし、風邪なのか、アレルギーだったのか、わからないけれど、鼻水がずっと出て、長くとまらなかったことがある。

「あなたは、鼻垂らしのボーちゃんよ」

 フンと笑う人もいた。

 夢のなかのぼくは、なんの障害もなく、みんなと走りまわっていた。舌のもつれもなく、だれとでもおしゃべりを楽しんでいた。目が覚めても、その感覚が残っていて、すがすがしい気分だった。

──今年もまたがんばろ

 勇気が込みあげ、そっと誓う…。

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2011年12月25日 (日)

クリスマス会の夜

 家々の窓の明かりがほんのり照らす道を行く。雪がちらついていた。

「ほんと、信じられないですよね。このあいだまで、あんなに暖かかったのに、急に寒くなって…」

 車いすを押しながらつぶやく。外出の介助でみえた長い髪のふくよかな三十前後の女のヘルパーさんだった。

「…ですね」

 にっこりぼくもうなずく。

 クリスマス会をひらこう、ということになった。場所はJR 長町駅の並びにある〈村さ来〉という居酒屋である。いつも利用している介護サービス事業所Mの利用者やヘルパーとの会だった。長町南(仙台市)のぼくのアパートから、歩いて二、三十分ぐらいのところだろうか。六時ごろに出かけた。

 人通りの多い街中は、イルミネーションツリーが、あちらこちら、きらめいていた。広い通りは車が渋滞し、なかなか進んでいかない。ヘルパーさんがつぶやく。

「やっぱり、クリスマスの日に出かけるには、歩いたほうがぜったいいいですよ」

 曜日で会を覚えていたけれど、考えてみると、この日はクリスマスのイブだった。きっとカップルが多いのだろう。

「…ですね」

 眺めながら、ぼくもしみじみうなずく。

 平成二十三年十二月二十四日、冷たい風がほおに吹きつけてくる。凍えそうな夜だった。〈村さ来〉の居酒屋に入ると、

「いらっしゃいませ…」

 トナカイの帽子をかぶった男の人が、笑顔で迎え、案内してくれた。店長だろうか。立ち働いている店員はみなサンタクロースの恰好をしていて、

──あぁ、なんか、いいなぁ…。

 心がほっこり和む。

 座敷の席へ着いてまもなく、白髪まじりの七十前後の男の人が、顔をのぞかせた。

「こんばんは、ようこそ、おいでくださいました」

 いつもお世話になっているヘルパーさんだった。あと二、三人とみえた。

 五人で囲んでいる座敷の席に、鍋物や刺し身が運ばれていた。白髪まじりの男のヘルパーさんが、

「じゃあ、先にいただいてましょう」

 みんなで乾杯し、グラスにさしてもらったストローでビールをすする。

「ビールはやっぱ、ひと口めがいちばんおいしいですね」

「ほんとです」

 談笑していると、事業所Mの女の代表の方がみえた。五十歳前ぐらいだろうか。まん丸い顔に、ちょんとついたちいさな目でのぞき込み、

「あら、尾崎さん、飲んでた?」

 こっくりうなずき、席に着く。サンタさん姿の女子店員が注文をとりに来て、歓声があがる。握手を求める男性陣に笑顔で応じていた。和やかな雰囲気が漂う。

 隣に座って介助をしてくれていた、ふくよかな女のヘルパーさんが、ふにゃふにゃしたのを箸でつまんで首をかしげていた。

「これは、タコ? それとも貝? 食べてみますか」

 うなずいて、口へ運んでもらう。

「なんですか?」

 パクパクしながら、ぼくも首をかしげた。タコやイカのような歯ごたえがあった。

「わからないけど、おいしいですよ。もっとください」

「はい」

 みていた事業所Mの女の代表の方が、

「それは、サザエって貝よ」

「なるほど…」

 名を知ると、おいしさがさらに増した。

 いつしか午前の零時を過ぎていた。

「そろそろ、帰ります…」

 外は凍てつくようで涙が流れそうになり、鼻をすする。

「なんか、あっという間の一年でしたね」

 車いすを押しながら、ヘルパーさんがしみじみとつぶやく。ぼくもうなずき、

「おっきな地震があって、余震が続いて、ほんと、落ち着かない一年でした」

 仰げばオリオン座、北極星が、うっすら輝いていた。

「来年は、きっといい年になります」

 そっと目を閉じ、祈りを込める。

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2011年12月22日 (木)

湯船につかり…

 湯船につかり、ふうっと息をつく。

 そばで汗を拭いながら、ひとりで何か呟いている。

「あぁ、ぼくのほとばしる肉汁が、尾崎さんにかかってしまっては…」

「???」

 風呂に入る日で、夜の八時にその介助にみえていた。いつも行儀よく正座し、

「きょうの入浴介助は、この、イベリコ豚がさせていただきます」

 それから介助を始める。人のよさそうな目の細い、おなかぽっこりの三十代の男のヘルパーさんである。

「外は、雪やこんこです。ところで尾崎さん、髪切りましたね」

「はい、きょう、モールの床屋さんへ行ってきました」

「雪降ってたんじゃないですかぁ」

「午後の一時過ぎから三時近くまでだったんで」

「じゃぁ、まだ降ってなかったですかね。さっぱりして、いいですね」

 アパートから十二、三分歩いたところにあるザ・モール仙台長町の〈QB HOUSE〉の床屋へ、車いすを押してもらって出かけた。

 おなかと背中にホッカイロを貼り、ダウンのコートを着ていたけれど、かすかな風さえしみるくらい冷たかった。

 車いすを押してくれていたのは、外出介助でみえた、長い髪のほっそりした四十ぐらいの主婦のヘルパーさんだった。家々の庭の木は、裸の枝をさらしている。風が吹くたび、首がすくむ。

 平成二十三年十二月二十一日、仰げばどんよりとくもった空が重そうだ。

「いまにも降りそうですね」

「ですね」

「今夜は、雪かな」

 ヘルパーさんがつぶやく。

 ショッピングモールの三階にある床屋に着いた。

 理容師さんが三、四人いた。車いすの横でかがみ込み、

「髪形は、どうされますか」

 ニワトリのトサカのようなあたまの理容師さんが聞いた。

「丸刈りで」

「丸刈りですね、かしこまりました」

 手足があまりいうこと利かないのも、舌がもつれ、言葉がはっきりしないのも、運動神経に関わる障害による。けれど何度か刈ってもらっていた理容師さんで、すぐに伝わった。

 髪を刈る感触、バリカンの軽いうなりが心地よく、うとうとしてしまった。

「これくらいの長さで、よろしかったですか」

 理容師さんの声ではっと目が覚め、

「はい、だいじょうぶです」

 礼を言って、店を出る。

 喫茶店で少し休んでから、デニム、ジーンズ、カジュアルの専門店〈Right-on 〉の売り場をのぞく。

「一通り、みてみたいので」

 車いすを押してくれていたヘルパーさんに伝え、売り場をまわってもらった。茶色のチェックのシャツを、なんとなく眺めていると、ヘルパーさんがいたずらっぽい笑みでのぞき込み、

「これなんか、似合うんじゃないですかね」

「ですか…」

 何も買わなかったけれど、眺めているだけでも、ファッションセンスを今風に磨いてくれそうな店だった。

「そろそろ帰ります」

 ヘルパーさんに指示し、店を出る。

 来たときよりも、さらに外はひんやりしていた。

 夜、湯船につかりながら、その日のできごとをふり返っていた。おなかぽっこりの男のヘルパーさんがそのそばで、

「こんなに寒いのに、どうしてこう肉汁が吹き出してくるんでしょう。やっぱり、ぶくぶく太ってるからかな。う~、これじゃ、ガッキーに会ったら、なんて言われるか…。でも、ガッキー、やっぱりかわいいなぁ」

 細い目がたれていた。ガッキーは新垣結衣さんの愛称で、たしか二十三歳ぐらいだろうか。あこがれの女優さんらしい。クスッとしながらぼくも、

「そういえばガッキーの出てた〈らんま1/2〉、録画してみましたよ。ガッキーがらんまかと思ったら、あかね役だったんですね」

「ショートカットにして、ますますかわいくなりましたよね」

「…ですね」

「そういえば志田ちゃん、最近出てないですよね」

 こんどはぼくのほおがゆるむ。

「それがなんと、ブルボン〈牛乳でおいしくホットなココア〉のCMに出てるんです。もう、うれしくて…」

 気づけば四十四歳、浮いた話ひとつなく、きょうまできた。志田未来さんは、十八、九のあこがれの女優さんである。彼女の笑顔がいつだって、ぼくの淋しい胸のうちを癒してくれる。

──クリスマスは、志田ちゃんの写真を飾って、BGMは、〈ハッピークリスマス〉にしよう…。

 目を閉じれば、ショッピングモールの〈Right-on 〉売り場でみた、カッコいいファッションに身を包み、志田ちゃんと手をつないで光のページェントを眺めているぼくがいる。

 湯船につかり、いつしかぼくの目も、たれている…。

http://www.youtube.com/watch?v=A46jakcu_G4

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2011年12月17日 (土)

もしかして 楽しんごさん?!

 あたりはうっすらと白くなっていた。粉雪が舞うなか、道のはじっこを電動車いすで行く。

 平成二十三年十二月十六日、ダウンのコートの下にも、袖をはずした厚手のジャンバーを着せてもらっていた。冷たい空気がそれでも身にしみ込んでくる。この日、気温は最高でプラスの三度と予報で言っていた。食材を買いに近くのヤマザワスーパーへ出かけたのは昼前だったから、それよりまだ低かったろう。

 電動車いすの後ろを、背の高いやせた男のヘルパーさんが、ひょろりひょろりとついてきてくれていた。二十四、五だろうか。物静かな青年である。歩きながら、

「寒いっすね」

「ですね」

 ぽつり、ぽつりと交わす。どこか、なよっとした空気が、ときどき漂うのは、気のせいか。いつだったか、同じ事業所からみえた、ほかのヘルパーさんが、

「あだしも前から思ってました。仕事場で男言葉つかってるけど、あれは相当むりしてますよ。きっと家へ帰ると、こっそり『ドドスコ、スコスコ~♪』って、ひとりで腰ふってます」

 それは乙女のキャラで人気のある三十過ぎの男性お笑いタレント、楽しんごさんのネタだった。

「…ですか、ね」

「ええ」

 自信ありげにうなずいていた。

 場の流れで、そういう話になってしまったと、あとで本人に伝えて詫びた。笑ってゆるしてくれたので、ホッとしたけれど、

「そっちの空気が、ありますかね」

 そのあとで、やっぱり…、と小声でつぶやいたのが、気にかかった。

 ヤマザワスーパーの自動ドアがひらき、中へ入る。

「ヨーグルトは、砂糖控えめ。納豆は、いちばん安いので。塩さばは、冷凍するんで、いちばん中身の多いパック。あとは、メモにかいてあるとおりに…」

「は~い、わかりました」

 あとは別行動でみてまわる。赤と緑と白、金銀の装飾、流れるBGMも、クリスマスのムードだった。サンタの帽子をかぶった店員さんが、

「いらっしゃいませ」

 笑顔で声をかけていった。

──サンタさんか、いいな…。

 外は寒かったけれど、心がほっこりしてほおがゆるむ。

「尾崎さん、メモにかいてあるぶんは、一通り、カゴにいれました」

 ふり向くと、ヘルパーさんが買い物カゴを抱え、ひょろりと立っていた。

「それじゃ、会計、お願いします」

「は~い」

 支払いが済み、店を出る。

 帰り道、ふと気になって電動車いすをとめ、ひょろりひょろりとついてきていたヘルパーさんのほうをふり向いた。粉雪が舞うなか、なぜかサンタの帽子をかぶって女の子のしぐさで、はしゃいでいたようにみえた。

  ラブ注入~♪

──幻覚か。

 そっと首をふり、家路をいそぐ…。

http://www.youtube.com/watch?v=s2Lw48H_bBA

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